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捕らわれの司祭カイン


 ある大国の中に、『海の上の大聖堂』と呼ばれる陸続きの島があります。

 

 この島に建てられた大聖堂の離れにある収容施設に、一人の司祭が幽閉されていました。

 

 その司祭は、カインという名前です。

 

 カインには、新たに司教となったアンドレという弟がいます。

 

 カインとアンドレは、もともとは仲の良い兄弟でした。

 

 しかし、ある事件をきっかけに、弟のアンドレは司祭から司教へと抜擢され、兄のカインは幽閉されてしまいました。


 司祭であるカインは、信徒たちが神と司祭の前で、犯した罪を告白することに対して反対はしなかったものの、告解(コッカイ)によって、罪の償いが不要になるとは思いませんでした。

 

 そのためカインは、罪に対する罰から逃れるために、教会が免罪符という証書を発行することに対して、強く反対をしていました。

 

 もともと教会では、祈り、巡礼、断食、献金などをすることが善行とされ、信徒にそれを勧めていました。

 

 しかし、時が経つにつれて、教会への献金の額が多いほど、善行の度合いも大きくなるとされ、貧乏人より金持ちの方が神から愛されることになってしまいました。

 

 そして、「貧乏であることは、自分が生まれ持っている罪の大きさの現われである。」との風潮も、一部で聞かれるようになりました。

 

 さらに、「免罪によって、聖戦と言われる殺害行為までが、罰から逃れられるとするならば、どうして平和な世の中を築くことが出来るのだろうか?」と、カインは疑問に思っていました。

 

 そうした現状を見て、免罪という考えそのものが、キリストの教えに大きく反するものであることを、カインは何度も事あるごとに訴えてきました。

 

 しかし、弟のアンドレの考えは違っていました。

 

 「カインの主張は、現実から目を背けた理想主義でしかない。」

 

 「確かに、一部の信徒は、そのまま悪事を続けているかもしれない。だが、教会に多額の献金をすることで、同時に善行もしているのだ。」

 

 「教会に多額のお金が入ることで、貧困者の救済、教会の建立や改築、まだ少数だが学校や病院、さらに各地の診療所や養護施設の運営が可能となっている。兄も、そのことは知っているはずだ。」

 

 「兄よ、神から与えられた肉体の維持・管理が出来てこそ、信徒の幸せが可能だとは思わないのか?」と、アンドレは語りました。

 

 「弟よ、キリストの教えを聖職者自らが歪曲し、神の摂理に反して築き上げようとする幸せが、果たして本当の幸せであると言えるのか?」

 

  「さらに、免罪符で得た献金の多くが、一部の権力者の懐に流れているではないか。」と、カインは反論しました。

 

 「その発言には気をつけることだ。誰が聞いているのかわからないのだから……。」

 

 「それでも人間が罪深い存在であるが故に罪を犯し続け、『汝の隣人を愛せよ』との言葉が、免罪符によって成り立っていることに変わりはない。」


  「兄よ、現実を見ろ。教会に多額の献金が集まってくるのは、それだけ人間という存在が罪深きもので、救いを必要としている証だ。」

 

 「それ故に、方法に多少問題があったとしても、聖職者であれば、信徒が抱えるさまざまな苦しみから救っていくのも、大事な使命であるはずだ。」と、アンドレは語りました。

 

 「弟よ聞いてくれ、人間は死によって消滅してしまうわけではない。たとえ死者となっても、我々と同じように、霊の世界で、たった今も生きているのだよ。」


   「真の幸福とは、死後の生活も含めて、みんなが救われることによって得られるのだ。」と、カインが話すと、

 

 「兄よ、その話をしてはダメだ。今、この国でそのことに触れれば、聖職者である我々でさえも危ない。」

 

 「信徒の中にも存在している多くの霊媒によって、教会に対する批判や教会の教えとは違うことが語られているからだ。」

 

   「もしも、その霊媒たちの言葉を認めてしまえば、さらに大きな混乱と争いを生み、罪のない多くの信徒が悲劇に巻き込まれるであろう。そして、教会とその教会を保護しているこの国は、まったくの偽善でしかなくなるのだ。」と、アンドレは忠告しました。


 このような兄弟とのやり取りから数か月が経った後、司祭のカインは、魔女を匿った罪で捕まり、収容施設に幽閉されてしまいました。

 

 それと時期を同じくして、弟のアンドレは司教へと昇進しました。

 

 話は少し前にさかのぼって、カインは、村の役人でもあり、カインを慕う熱心な信徒でもあった一人の男から、病気の妻を診て欲しいと頼まれたことがありました。

 

 その後、カインが診療所のシスターたちと共に彼の妻を診察した結果、おそらく、今で言うパニック障害であろうとのことでした。

 

 やがて、村の住人の密告によって、彼の妻は魔女として連行されてしまい、彼の家族はバラバラとなってしまいました。

 

 一方、司祭であるカインは、彼の妻の治療を何度か試みた結果、魔女を匿ったという濡れ衣を着せられてしまったのでした。

 

 もちろん、これは弟のアンドレの策略ではありません。

 

 弟のアンドレは、考え方の違いはあっても、兄のカインをとても尊敬し、愛していたからです。


 「私のことはどうなってもかまわない。弟のアンドレは、ああ見えて、心の優しい善人なのだ。」

 

 「私も弟も、国王までが裏で民衆の扇動に加担し、ここまで卑劣な行為に走るとは思わなかったのだ。」

 

 「もしかしたら、私は間違っていたのかもしれない……。」

 

 「兄弟で協力することを諦め、私の理想だけを強く追い求めてしまった結果、君たち家族までを巻き込んでしまったのだ。」

 

 「許してくれ、ノイ……。」

 

 「どうか、今も無事に生きていてくれ……。」