· 

善と悪と、神と悪魔


 「あのさ~エリス、ローズおばさんが悪魔はいないと言い出したんだよ。」と、マシューが言いました。

 

 「それがどうかしたの?」と、エリスは聞き返しました。

 

 「きっとセイエンが、ローズおばさんに入れ知恵したのだと思う。」と言って、

 

 「前にセイエンが、教会の教えは聖書の内容を鵜呑みにするだけで、自分たちの心で考えていないって言っていたから。」と、マシューは答えました。

 

 「それで、マシューはどう思ったの?」と、エリスが聞くと、

 

 「僕は教会から、悪魔は神の敵対者、あるいは反逆者だって教わったよ。」

 

 「悪魔がいるから、善の神が創ったこの世界に、悪が存在するのですよ。って聞いたから、その通りだと思ったよ」と、マシューは答えました。

 

 「セイエンの考えは間違っていると思うの?」と、エリスは聞きました。

 

 「じつは、セイエンと話していると、何が正しいのか、よくわからなくなるんだ。」と、マシューは答えました。

 

 「辺境の牧師さんも、悪魔はいないと言っているのよ。」と、エリスが話すと、

 

 「同じキリストを信仰しているのに、うちの教会の教えと、どうして違っているのだろう……。」と、マシューは不思議に思いました。

 

 「そう思うのは仕方ないけど……。そうだわ、以前、私が聞いた話をマシューにも紹介するわね。」


 ここは、辺境の牧師と呼ばれるパスターが所属する教会です。

 

 今、この教会には、パスターの他に、ピーター牧師とお手伝いの人たちがいますが、シスターはいません。

 

 また、シスター・エリスが所属している教会とは、友好関係にあるものの、キリストの教えをめぐって意見が分かれたり、霊能力やヒーリングに対する考え方に対しても違いがあります。

 

 ただ、シスター・エリスが住む町や辺境の地の人々は、とても寛容で親切です。何よりも個人の自由意志が尊重されているので、今まで、大きな対立や争いは起きていません。

 

 今から、数年前のこと。

 

 まだ、先代の牧師が存命中に、セイエンと名乗る一人の僧侶がやってきました。出迎えたパスターより、一回り以上若く見えます。

 

 セイエンは、先代の牧師の温情もあって、長旅の疲れを癒すために、しばらく教会に滞在することにしました。

 

 「牧師さん、ここでは善と悪について、どう考えているのか勉強のために教えてくれませんか?」と、セイエンが聞きました。

 

 「私は、善と悪とは、コインの表と裏の関係であり、一つのものの異なる側面であると教えています。」と、パスタ―は答えました。

 

 「なるほど、それは、キリストの教えなのですか?」と、セイエンは質問しました。

 

 「そうです。私にとっては、それがキリストの教えです。善の神と神に敵対する悪魔とに分ける考え方は、間違っていると思っています。ですが他の教会から見れば、私の教えこそ、間違っていると思われるでしょう。」と、パスタ―は答えました。

 

 「私が説いている教えと似ていますね。私の説く教えは、善と悪とは観念によって生ずると教えています。そして、人が抱くそれぞれの考え方によって、善と悪は変わっていくのだと教えています。私も善と悪とが別々に存在しているとは、教えていません。」と、セイエンは説明しました。

 

 「なるほど、それは仏の教えですか?」と、パスタ―が聞くと、

 

 「今も修行中の身です。そうとも言えるし、そうでないとも言えます。」と、セイエンは答えました。

 

 「私は、神の中に、善も悪も含めて、すべてのあらゆるものが含まれていることを教えているだけなのです。」とパスターは話し、

 

 「コインの他にも、一日の間に昼と夜とがあるように、善と悪との関係を、一日の移り変わりにたとえて話しています。夜明け前の薄暗い時もあれば、太陽が輝いて明るく眩しい時もあります。夕焼けの時もあれば、月明かりも無い時もあります。さらに、寒い時もあれば、暑い時もあり、晴れた時もあれば、雨の時もあります。」

 

 「けっきょく、どれが善で、どれが悪なのか?について言えば、確かにあなたが言ったように、善悪の観念は、人によって異なるものだと思っています。」と、パスタ―は答えました。

 

 「それでは、何故、善と悪とが存在するのだと考えていますか?」と、セイエンが質問しました。

 

 「あなたの説く教えと違うかもしれませんが……、私は、善と悪との経験を通して、自分の内にある神性をより多く発揮させ、神の子として相応しい成長を遂げていくことが人生の目的だと考えております。そして、悪とは、未発達で不十分な善の現われであるとみています。」と、パスタ―は答えました。

 

 するとセイエンは、「私の説く教えでは、すべての人が生まれながらにもっている、仏となることのできる性質のことを仏性と呼んでいます。しかし、その仏性を発揮するためには、私もさまざまま経験を通して、成長していく必要があると考えております。そうでなければ、地上に生まれてきた意味がわかりません。」と話しました。


 「こうしてセイエンは、先代の牧師とパスターと一緒に学びながら、この町に住むための準備を進めていったと聞いているわ。」と、エリスが話しました。

 

 「パスターとセイエンは、違う信仰で、信じる神も仏も違うのに、何故か共通していることもあるんだね。」と、マシューが言うと、

 

 「そういえば、私とセイエンは同じコインの表と裏だよって、パスターが言っていたわね。」と、エリスは話しました。

 

 「でもさ~、僕がパスターとのことをセイエンに聞いたら、きっと怒るだろうね。」と、マシューが言いました。

 

 「そうかもしれないけど、きっと、照れくさいのよ。」と、エリスは答えました。