「シスター・エリス、明日の午後、親父の墓参りに行きたいから時間が欲しい。」と、マシューが声をかけてきました。
エリスは、「もちろん、いいわよ。年月が経つのは早いものね~。あれからもう、十年になるのね。」と答えました。
「親父はとても頑固だったし、しかも偏屈な所があって、母さんもよく愚痴をこぼしていたよね。」と、遠くの空を見つめながら、マシューは語りました。
そして、「もっと、親父が長生きすると思っていたから、言いたいことも言えずに、そのままさよならをしたよ。」と続けました。
「マシュー、今日の仕事が片付いたら診察室に顔を出して……、伝えたいことがあるのよ。」と、エリスが言いました。
「シスターが伝えたいことって、何かな~。もしかして、セイエンにパンを時々渡していることが、他の人にもばれたのかな~?」と仕事をしている間、マシューは心の中でいろいろと考えてしまいました。
「お疲れ様マシュー、待っていたわよ。」
「そこに座って、」と、エリスは診察室の椅子に座るように、マシューに言いました。
「えっ、もしかして、僕のどこかに悪い所が見つかったとか?」と、マシューは、少し不安になりました。
「そうではないのよ、マシュー。心配しないで……。今日は、パンがいつもより減っているとか、そういう話はしないから。」と、エリスは笑いながら答えました。
「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。って、僕も教わったから、異教と言われているセイエンだけど、助け合おうと思ったんだ。」と、マシューが話すと、
「マシュー、あなたは素敵な大人になったと思うわ。いつかマシューも幸せな家庭がつくれると良いわね。」と、エリスが答えました。
「そうだと良いね。父と母はいつもケンカをしていたけど、二人はお互いに愛を感じていたはずだと僕は思っているんだ。」と、マシューは話しました。
「今、あなたの父親が、ここに来ているのよ。」と、エリスは話し始めました。
マシュー、お前に謝りたいことがある。
お前は、私のことを頑固だと言ったが、その通りだと思った。
だけど、こちらの世界に来るまでは、自分の頑固さのせいで、家族に迷惑をかけていたことに気づかなかったのだ。
私は、生まれてすぐに、近くに住む子供に恵まれない夫婦に養子に出された。
けれども養子先では、次々と子供が生まれ、私はさらに親戚へと預けられてしまった。
「おれを見れ~、おれを見れ~」と、声を出して訴えていた。
時々、お菓子をくれるおじさんがいたけど、それが誰なのか教えてくれる人はいなかった。
さみしくて、悲しくて、私の居場所はどこにもないように感じていた。
でも、誰も見てくれないから、とうとう諦めてしまったのだ。
本当は、みんなが少しづつ遠慮をしてしまったのかもしれない……。
今度は、愛されるために、長男らしく生きようと思った。
大人になって、お金を送れば、父も母も、お前は偉いと褒めてくれた。
お前もうすうす感じていたように、お金が欲しかったのは、愛が欲しかったからなのだ。
お金で愛は買えないけれど、お金があれば私を見てくれたのだ。
お前の母さんも、私と似ている所がある。
お前も聞いていると思うけど、母さんの母親は、まだ母さんが小さい時に亡くなったから、親の愛情をあまり受けないまま育ってしまった。母さんも大変だったのだよ。
私の頑固さ以外にも、お酒で苦しみを紛らわせようとして、みんなに迷惑をかけてしまったこともあった。
こちらに来て、それらのことが良くなかったことなのだと、初めてわかったのだ。
そちらにいる間は、本当に気づかなかったのだ。
お前には、迷惑をかけたと思う。本当にすまなかったと思う。
エリスがそのように語ると、マシューは、少し笑みを浮かべてこう答えた。
「親父、僕はわかっていたよ。親父は悪い人間ではないってことを。」
「親父が亡くなった後だけど、親父の人生を、僕も理解してあげたいと思っていたんだ。」と、マシューが話しました。
マシューの顔に、ひとすじの涙の跡が見えていました。それを、エリスは黙って見つめていました。
「シスター・エリス……。いや、お姉ちゃん、ありがとう。」