セイエンは、東の国から来たという。
セイエンは、キリストの教えではなく、仏の教えを説いている。
セイエンは、思い通りにならないのが世の中だ。と言っていた。
教会の人たちは、セイエンの教えは異教だ。と言っている。
さらに、思い通りにならないのは、アダムとイブが犯した原罪がすべての人に影響しているからだ。と教会で教わってきた。
だけど、セイエンは、そのような原罪はない。と言っていた。
しかも、教会の教えは、伝えられたことを丸呑みし、真理を悟るための努力が足りていない。と言っていた。
どちらが正しいのか?何が正しいのか?今の僕にはわからない。
わからなかったので、シスター・エリスに聞いてみたら、
「マシュー、思い通りにならないのは、あなたが成長するためよ。」と言っていた。
僕が「余計にわからなくなったよ。」と答えたら、
シスター・エリスは、「セイエンと、もっといろいろと話してみたら?」と、言っていた。
僕は、セイエンのことを堅物でわからずやだと思っている。
だけど本当は、セイエンのことを良い人間だと思っている。
セイエンが生まれ育った村は、もともと、それほど裕福ではなかったそうです。
セイエンが5歳の時、村全体が凶作となって、とうとう村人たちの助け合いだけでは、食べていくことが出来なくなってしまいました。
隣の村も、さらにその隣の村も、凶作によって、食べていくことが困難になりました。
とうとう困り果てた村人は、みんなでお寺に助けを求めに行きました。
セイエンも、お坊さんは偉い人だと教えられていたので、きっと助けてくれると思っていました。
さらに、みんなで助けを求めに行ったお寺は、セイエンが住む村の何倍も大きく、食糧はもちろん、金銀財宝もたくさん蓄えられていて、とても裕福な生活をしていると聞いていました。
しかし、村人みんなで、必死に助けを求めに行きましたが、追い払われてしまいました。
せめて病人や子どもたちだけでも助けて欲しい。と、何度も何度もお願いしました。
けれども村人たちは、まるで虫けらのように見下され、僧侶たちによって、力ずくで追い返されてしまいました。
その僧侶たちは、宗教者としての責務を忘れ、莫大な財産を保有し、欲望のままに生きる放蕩三昧の生活を送っていたのです。
「マシュー、私は僧侶になりたくなかったのだ。」と、セイエンが言いました。
「えっ、何だって!セイエンらしくないぞ……。」と、マシューは驚いたように答えました。
「私が子どもの頃、大きな戦があって、かつて村人を追い返したお寺の僧侶たちは、そのほとんどが殺されてしまった。」
「しかし、その戦が始まる前には、すでに多くの村の人が亡くなっていた。」
「そして、村で生き残った子どもたちは、戦のなかったお寺に引き取られて小僧となるしかなかったのだ。」
「なぜ、私はみんなと一緒に死ねなかったのだろう……。悩んで、悩み抜いて、これが私の人生なのだと、あきらめた。」
「やがて、どうせなら死んでいった村人のためにも、立派な僧侶になりたいと思った。」
「そして、私が16歳になった時、その思いを叶えるために国々を行脚して、気がついたらマシュー、目の前に君がいたのさ。」と、セイエンは語りました。
「ほら、これを持っていけ。」と、セイエンに大きなパンを渡すと、
「あ~、今日は、シスター・エリスに用事を頼まれていたんだ……。」と、マシューは大きな声で言って、振り向きもせずに診療所へと消えていきました。
「マシュー、何か良いことでもあったの?」と、エリスが聞くと、
「ちょっと、友人と話していただけだよ……。」と、マシューは答えました。