· 

苦悶するパスター


 シスター・エリスは、ここで一息つきました。

 

 目を閉じて、じっと聞いているパスターの顔を確認すると、再び語り始めました。


 あなたは、ある日、身分の高い人に娘のヒーリングを任されているわ。

 

 この娘さんは、表には出せない事情があるみたい。

 

 たぶん、自由に生きることが許されていないのね。

 

 娘さんは、ある日を境に、言葉が出せなくなってしまったの。

 

 神官のあなたは、この娘さんをヒーリングするのだけど、数年経っても治すことが出来なかった。 

 

 あなたは、この病気は肉体にあるのではなく、心にあるのではないのか?と、考えるようになって、この娘さんに語り続けていくのよ。

 

 そのようなやり取りを、あなたは6年以上かけておこなってきたのよ。

 

 やがて、この娘さんの病気は、親や周りからのさまざまな重圧で発症したことがわかったのだけど、本当は病気が治って欲しくなかったのね。

 

 娘さんは、病気が治らずに、このまま言葉を発しなければ、それ以上苦しまないでいられると思っていたのよ。だから声が出るようになっても、あなたは周囲に知られないように黙っていたのね。

 

 あなたは、娘さんにお願いされている……。「ここから私を出して救って下さい」って。

 

 とうとう、あなたは神官の立場を捨てて、娘さんを連れ出し、国外へと逃げているわ。

 

 ある村に着いて、二人はそこで夫婦として新しい生活を始めている。

 

 やがて、二人の息子にも恵まれて、あなたも娘さんも幸せそうに見えるわ。

 

 あなたは、神官の立場を捨てたけど、ヒーリング能力を活かして村の人たちを癒すことで助けているのね。

 

 あなたの心の中では、身分に関係なくヒーリングで助けたいと思っていたのね。

 

 これで終わりよ……、パスター。


 「シスター・エリス、あなたはすべてを話していない。」と、パスターが言いました。

 

 「パスター、私はこれ以上話したくない。」と、エリスが答えました。

 

 「続けて下さい。」と、目を閉じたままパスターが言いました。

 

 「わかったわ。話さないわけにはいかないのね。」と、エリスは答えました。


 ある日、あなたは村の人への務めを終えて帰ってきたのよ。

 

 信じられない光景を目の当たりにして、愕然としているあなたがいる。

 

 そこには娘さん、つまり、あなたの奥さんに殺されてしまった二人の息子が倒れている。

 

 奥さんは、幸せな時を失いたくないと恐怖でもがいているのだけど、どことなく安堵しているようにも見えるわ。 

 

 この時の奥さんは、自分が幸せになればなっていくほど、それを失う恐怖も大きくなっていたのね。

 

 しかも、いつくるかわからない追手や親の力に脅えて、いつの間にか壊れてしまっていたのよ。 

 

 あなたは、そのことを薄々感じていたのだけど、月日が解決してくれることを願っていたように感じる。

 

 だって、あなたは、病気を治す神官だったのだから……。

 

 その後、いきさつはどうであれ、結局の所、あなたは奥さんに手をかけて、殺してしまったの……。

 

 あなたは村人に捕らえられたけど、助けられた村人からの温情もあったようで、死刑にはならずに、牢獄に幽閉されてしまった。そもそもこの時代は、法律もあいまいで、死刑制度がなかったようだわ。

 

 あなたは、初めから死ぬつもりだったのね。それから食を絶って、間もなく亡くなってしまった。


 「私の魂は、彼女と会う前から罪を犯して転落し、翼が折れて飛ぶことが出来なくなってしまったのだ。」と話すパスターの顔には、苦悶の表情が現れていました。

 

 「もう、わかっていたのね、パスター。」

 

 「あなたが今世で失った奥さんは、その時の娘さんだって……。」と、エリスは優しく語りました。

 

 そして、「あなたの傍にいる、スピリットのシスターたちが話しているわ。もう一度、ヒーリングで人を癒して欲しい。と」

 

 マルコの福音書 16章17-18節

 「信じる人々はわたしの権威によって悪霊を追い出し、新しいことばを語ります。蛇をつかんでも、毒を飲んでも害を受けません。病人に手を置けば病気は治ります。」


   なぜ、スピリットのシスターたちは、ヒーリング・タッチをおこなうのでしょうか?

   それは、隣人と神の愛を分かち合うためなのです。

 

 こうして、飛翔するための翼を再び得るために、パスターはスピリットのシスターたちと共に、新たな人生を歩むことになったのです。

 

 辺境の牧師パスターは、こうして自分の進むべき道を見つけました。

 

 そして、シスター・エリスも、パスタ―と会ったことで、新たな道を歩むことになったのです。