「エリスは、辺境にいる牧師さんの所に何度も出かけてるよね。」と、マシューが聞きました。
マシューは、医療に携わるシスター・エリスの仕事を手伝っている弟みたいな存在です。
「そうよ、パスターの所に泊っている旅人に病人が出ると、手当てのために呼び出されるのよ。」と、エリスは答えました。
「急に、どうしたの?」と、エリスは聞きました。
「ほら、近くに住むローズおばさんが言っていたことだけど、ある日、この町で辺境の牧師さんが講義をしている時、一瞬、とても悲しそうな目をしていたんだって、」
「それで、ローズおばさんが牧師さんに何かあったのですか?と、聞いてみたのだけど、」
「牧師さんは、私は罪深い人間なのです。と、答えただけで、それ以上は語らずに、違う話をされたそうなんだ。」
「一体、牧師さんに何があったのだろうねって、僕は聞かれたんだけど……。」と、マシューが話しました。
「そうよね~、誰も牧師の本当の名前を知らなかったから、辺境の牧師とかパスターって、みんなが呼んでいるのよね……。」
辺境の牧師、あるいはパスターと呼ばれている男は、もともとここの住人ではない。
今から十年以上前の話だと聞いている。
パスターが、死に場所を求めて彷徨っていた所を、今は亡き先代の牧師に助けられたのだ。
たしか、その時は、ノイと呼ばれていたようだ。
パスターという名前は、そのまま牧師という意味がある。
かつて、ノイと呼ばれていた男は、ある事情で家族を失ったことで自暴自棄となり、「私を殺してください」と、しきりに訴えていたそうだ。
それ以上の詳しい事情は、私も知らない。
ただ、ノイが先代の意志を引き継いで牧師になった時、それまでのノイは死んで、パスターとなったのだ。
私もこの町に定住するまでは、先代の牧師に少なからず世話になった。
そして、パスターにもいろいろと世話になった。
町の人を進んで助けるようになったのも、パスターのおかげなのだ。
それまでの私は、町の人に寄り添うことなく、自らが高まることで民衆を救うことが出来るのだ。という考えに固執していたのだ。
エリスは、かつて僧侶のセイエンから聞いた話を、マシューに話しました。
「セイエンは堅物だけど、良い僧侶だって知っているさ。」
「でも、セイエンが、私にとっての聖母とは、蓮の花を手にしている観世音菩薩だって言うんだよ。」と、エリスに話しました。
「そういえば、セイエンは、スピリットが見えると言っていたわね。」
「私にとっての聖母は、左手に赤子を抱いているマリア様だけど、何も手にしていない聖母を見たら、それがマリア様なのか観世音菩薩なのか見分けがつかないかもしれないと、セイエンは言っていたわね。」と、エリスは話しました。
「それって、相手が見たい姿でスピリットが現れているってこと……。なのかな?」と、マシューは聞きました。
「さぁ、どうかしらね……。」と言うと、エリスは少し微笑むのでした。