「この物語は、異国の人から聞いた話よ。」
「それから、信仰している宗教も私たちとは違うみたいなの。」と、シスター・エリスは話しました。
「みんながキリストを信仰しているって、わけではないんだね。」と、マシューは、僧侶のセイエンのことを思い出しながら答えました。
「どうして信仰している神さまが、人によって違うのかな~。」と、マシューは疑問に思いました。
「それでは、物語を話すことにするわ。」と、エリスはそれに答えずに話し始めました。
これは、「スピリットの翼」という物語です。
すべての魂の中に、地上の目には見えない翼があります。
その翼は、霊的な成長を通して、上昇していくために必要な力の象徴です。
その翼で飛翔していくためには、時間をかけて、その翼の使い方を学んで行く必要があります。
異国に住むアヤメの夫は、流行り病にかかって、若くして亡くなりました。
「ねぇ、あなた、私を幸せにするって約束したわよね。」
「嘘つき……。」
「どうして、幼い我が子を失ったばかりなのに、あなたまで失わなければならないの?」
「もう、神さまなんて信じないわ。」
「こんなのって、ひどすぎるわ。あまりにもひどすぎる……。」と、アヤメは泣き続ける日々を過ごしました。
そんなある日のこと、悲しみのどん底にいるアヤメの前に、亡くなったはずの夫が立っていました。
そして、「アヤメ……。」と、呼ぶ声が聞こえました。
「あなたなの……。」と、アヤメが小さな声で答えると、
次の瞬間、アヤメは夫に優しく抱きしめらていることに気がつきました。
「とても辛かっただろうね。」
「いつも、一緒にいたんだよ。」と、夫は語り続けます。
アヤメに語りかける言葉の一つ一つに、温かさと優しさが込められていました。
「そんなの嘘よ。これは幻なのよ。」と、アヤメが言うと、アヤメの目から、大粒の涙がこぼれてきました。
「私は、幻なんかではないよ。今、君をこうして抱きしめているのだから……。」
「この温もりも、幻だと思うのかい?」と、夫が言うと、
アヤメの目には、夫の背中に、まるで天使の翼がついているように見えました。
そして、アヤメの身体は、その翼によって優しく温かく包まれていくのでした。
「これは、あなたの匂い、あなたの温もり……。」
夫から生えた翼がアヤメを包むことによって、まるでアヤメの背中からも翼が生えたように感じられます。
夫からの愛を受けたアヤメは、今度は、夫に向けて愛を与えていきました。
さらに、お互いに足りない部分を補うように、お互いに愛を与えつつ、お互いに愛を受け取っていく……。
このような霊的な交わりを通して、お互いに愛しあって高めあっていくこと。
夢の世界では、それが可能なのだそうです。
住む世界が違っても、愛するものたちを引き離すことは出来ないそうです。
もしかしたら、スピリットの翼とは、愛の証なのかもしれません。
「私が聞いた話は、これでおしまい。」と言って、エリスは話し終えました。
するとマシューは、「何かわからないけど、泣けてくる。」と言って、涙を流しました。
「どうしたの……、だいじょうぶ?」と、エリスは優しく尋ねました。
「だって僕には、その相手すらいないことに気がついたから……。」と、マシューは答えました。
「まったくおバカさんね~。」と、エリスは少し微笑みながら、マシューの背中をさすっていました。