ゆきさんと光のグローブ


 ゆきさんの家から、歩いて15分ほどの場所に、ゆきさんのお母さんが住んでいました。

 

 先日、近所の人も集まって、みんなで、お母さんの喜寿のお祝いをしました。

 

 ゆきさんのお母さんは、数年前まで、俊哉さんの住んでいる町で一人暮らしをしていました。

 

 ゆきさんの良き理解者でもある、ゆきさんの夫の提案で、一緒に住むことも考えましたが、お母さんに、一人暮らしの方が気楽だと言われ、今まで断られてきました。

 

 それでも、ゆきさんのお母さんと仲の良かった友達が、介護施設に入居したことと、自分の足腰も弱ってきたこともあって、ゆきさんの家の近くで一人暮らしをするという条件で、引っ越してきました。

 

 ゆきさんは、いつも仕事の帰りに、お母さんの家に立ち寄ってから、自宅に帰るのが習慣になっていました。

 

 「ゆき、今日は、体が思うように動かなくて、洗濯をお願いできるかしら」と、横になっているお母さんは言いました。

 

 「いいわよ。もう、夕飯は食べたの?」と、ゆきさんが聞くと、

 

 「ゆきは、今の私を見て、もう食べたと思っているのかい?」と、不満げに、お母さんは答えました。

 

 「一応、聞いてみたのよ」と、ゆきさんは言いました。

 

 「もう、今日は辛かったから、朝から食べていないし、だるくて体が痛いのよ」と、お母さんが言うと、

 

 「わかったわ、食事も用意するから待っててね」と、ゆきさんは答えました。

 

 ゆきさんは、お母さんに八つ当たりをされたように感じ、ちょっとムッとしましたが、今まで自分が経験してきたことを思い出して、何とか気持ちを落ち着けようと努力しました。

 

 「やっぱり、ダメだ~」と、ゆきさんは家事をしながら、心の中で叫んでいました。

 

 「だって、調子が悪いと、いつも私に八つ当たりをするのに、夫や周りの人には、とても穏やかで、良いお母さんで通っているのよ」

 

 「そんなことを考えていたら、昔のあんなことまで思い出しちゃったじゃない。あ~、もう嫌だわ~」と、ゆきさんの心の中は、お母さんへの愚痴でいっぱいになりました。

 

 そんなことをゆきさんが考えていると、ふと、部屋に飾っている写真に目が行きました。

 

 そこには、ゆきさんが子供の頃の家族みんなの姿がありました。

 

 「あ~、そういえば、お母さんは、私よりとても苦労して生きてきたのだったわ。私たちと一緒に住まなかったのも、気を使っているのかもしれないわね」という思いが、ゆきさんに芽生えました。

 

 そして、ゆきさんは、今までお母さんが、自分にしてくれた数々の良いことを思い出そうとしました。

 

 「お母さんは、苦労したし、家族のためにずっと頑張ってきたもんね。愚痴や嫌味を言うこともあったけど、私にたくさん、愛情をくれたしね」と、ゆきさんは心の中で言いました。

 

 「こういう時、俊哉だったら、絶対にこう言いそうだわ!だから、俊哉とは、無理だったのよ。奥さんは偉いわね」と、ゆきさんは心の中で思って、俊哉さんの言葉を想像しました。

 

 「あ~、それは、ゆきさんの統合体の一部が、無意識に、写真を見るように働きかけたんですよ。だから、ゆきさんは、写真を見ることで、お母さんの良い所を思い出すことができたのだと思います。そして、お母さんにムッとして愚痴をいうのも自分ですし、お母さんを大切に思うのも自分ですからね。だから、どの自分を選ぶかによって、さまざまな体験をし、成長していくのでしょうね。とか、言いそうね」と、ゆきさんは思いました。

 

 「あっはっはっ、何でそうなるの~」と、ゆきさんは、いつのまにか声を出して笑っていました。

 

 「何かあった?」と、お母さんが聞きました。

 

 「何でもない。お母さん、マッサージしてあげるね」と、ゆきさんは言って、お母さんにマッサージをしました。

 

 「ゆき、いつもありがとうね」と、お母さんが言うと、

 

 「あれっ、私の手っ!光っているよ。まるで光のグローブみたいだよ」と、ゆきさんはびっくりしながら話しました。

 

 「あ~、痛みが消えていくようだね」と、お母さんは言って、

 

 「明日は、頑張るからね」と、ゆきさんにやさしく伝えたのでした。