大樹君と学生服


 今は、年が変わって、厳しい寒さも少しずつやわらぎ、春の予感を感じさせる二月の終わりです。

 

 大樹(タイキ)君は、もうすぐ小学校を卒業します。

 

 そして、四月には中学生になります。

 

 「卒業式の日は、桜がいっぱい咲いているといいね」と、大樹君のお母さんが言いました。

 

 そして、今、中学校の学生服を着てみるように、大樹君にすすめています。

 

 「着るのは卒業してからでいいよ」と、大樹君はお母さんに言いました。

 

 「ほら、子供はすぐ大きくなるからって、少し大きめのサイズにしたから、心配なのよ」と、お母さんは言います。

 

 「わかったけど、何でお母さんは、カメラを用意しているの?」と言って、大樹君は学生服に着がえるのでした。

 

 「せっかくだから、家の外で写真をとろうよ」と、お母さんは言います。

 

 「しょうがないな~」と、まんざらでもない感じで、大樹君は答えます。

 

 「学生服を着れるのが嬉しいみたいね」と、お母さんは心の中で大樹君に聞こえないように言いました。

 

 「笑って、笑って」と言ったあと、お母さんはカメラのシャッターを何度も押しました。

 

 それから幾日かの時が過ぎました。

 

 そして、三月も半ばにさしかかり、いちだんと暖かくなってきた頃のことです。

 

 おじいさんの所へ、大樹君のおじさんからとても悲しいお知らせが届きました。

 

 「大樹君が亡くなった」と……。

 

 おじさんの話によると、「大樹君は、卒業式を前にして、友達と自転車で遊びに出かけたところ、山道の下り坂でブレーキのワイヤーが切れてしまったみたいで、そのまま止まることが出来ずに転倒し、頭を強く打ってしまったらしい」と言うことでした。

 

 そして、大樹君の母親が言うには、まるで眠っているだけのように見えるのだそうです。

 

 おじいさんは何も考えることが出来なくなって、その後、ひしひしと悲しみが込み上げてきました。

 

 おじいさんは、しばらくの間、みゅうちゃんに大樹君が亡くなったことを伝えるべきかどうか悩みました。

 

 「せっかく、二人は仲良しになれたのに」と言うと、意を決して悲しみをこらえ、みゅうちゃんに大樹君の死を伝えることにしました。

 

 「みゅうは、信じない。おじいさん、嘘だと言って。お願いだから、嘘だと言って……」と、みゅうちゃんは泣きました。

 

 「かみさまは、どうして、おにいちゃんをあっちの世界につれて行ったの?」と言ったまま、泣き続けるのでした。

 

 次から次へとみゅうちゃんからこぼれる涙を見て、いつしか、おじいさんの目も真っ赤に染まり、大粒の涙がこぼれ落ちていくのでした。