日曜日の午前10時に、その男の子はやってきました。
「おじいさん、おはようございます。大樹(タイキ)です」という少年の声が、玄関の方から聞こえてきました。
「おはよう。さあ、こっちにきて座っておくれ」と、おじいさんの声が聞こえました。
続いて、「みゅうちゃん、こっちにおいで~、お菓子もあるよ」と、おじいさんの声がしました。
「は~い」と、みゅうちゃんは言いながら、二人のいる縁側に向かいました。
「今日は、大樹君にお願いして、いろいろとみゅうちゃんに教えてあげて欲しいと言って、来てもらったんだ」と、おじいさんは、みゅうちゃんに向かって言いました。
男の子は、「来年には中学生になるけど、いつも、おじいさんには、たっくんって言われているから、たっくんで良いよ」と、みゅうちゃんに言いました。
「河原の近くで、空を見ながら、時々ひとりごとを言っているお兄ちゃんでしょ」と、みゅうちゃんが言いました。
「見られていたか~」と、たっくんは、苦笑いしました。
「あれは、空にいる神さまと、自分の中にいる神さまとで、交流しているんだ。心と心の触れ合いという方がわかりやすいかな?でも、自分でもその中味については、よくわかってないんだけど、そうする必要があることは、何故かわかるんだよ。変だよね~」
たっくんは、一度顔を下に向けたあと、すぐに顔を上げました。
「今日は、龍のまるちゃんについて話そうと思います」と二人に向かって言いました。
「残念ながら、ぼくには龍のまるちゃんが、どのような存在なのかを説明することは出来ません」
「おじいさんとみゅうちゃんには、龍のまるちゃんが見えていると思うのだけど、ぼくには見えないんです」
「でも、ぼくには、龍のまるちゃんがいることだけは、わかるんだ」
「それから、みゅうちゃんのお父さんとお母さん、妹のちいちゃん、そして、おばあちゃんも龍のまるちゃんのことは、見えていないと思う」
「なんとなく、そう思っていた」と、みゅうちゃんは言いました。
「だから、おじいさんとみゅうちゃん、そして僕を含めて、龍のまるちゃんは実際に存在しているのだけど、他のみんなは、見えないのだから存在しないと思っているんだ。否定はしなくても、見えないからわからないって人も多いと思う」と、たっくんは残念そうな顔をして言いました。
「なんだか、悲しくなってきた」と、みゅうちゃんは今にも泣きだしそうです。
おじいさんは、みゅうちゃんのことが心配でしたが、黙って話を聞いています。
「ところで、みんなは寝ている時に夢を見ると思うけど、夢を見ている時は、目をつぶっているはずだよね。でも、まぶたを閉じているのに夢を見ていることには、みんな不思議に思わないんだよ」
たっくんは、ここで一呼吸して、さらに話し続けました。
「それは、夢というものは、目で見えなくても何故か見えるものだって、みんながわかっているからなんだ」
「それと、おなじように、みんなの目には見えていない龍のまるちゃん、それから妖精や精霊たち、見たくはないけど幽霊なんかも、まるで夢を見ている時のように、目が覚めて起きている時にも見える人がいるんだ」
「また、人によっては、見えないけれど、それらの声が聞こえる人や話が出来る人、あるいは、ぼくのようにただ感じるだけの人もいるし、みんなさまざまなんだ」
「わしは妖精や精霊たちを見て感じることができるのだが、人の霊を見ることは出来ない」と、おじいさんは言いました。
「それでも、霊の存在を否定したりしない。かみさまが見えないからって、かみさまを否定することなんて、わしには考えられないことなのだ」と、おじいさんは続けて言いました。
「みゅうちゃん、ぼくが言いたかったのは、妖精や精霊が見えたからといって、みゅうちゃんは絶対に悪くない」
「でも、それらが見えない人たちもたくさんいて、見えないものは存在しないと思っている人たちもいるってことを、みゅうちゃんに知って欲しかったんだよ」と、たっくんは、みゅうちゃんに向かって優しく言いました。
「わたしは悪くないの?わたしは変じゃないの?」と、みゅうちゃんは聞きました。
「悪くない」「変じゃない」と、おじいさんとたっくんの二人で、力強く答えるのでした。
「あの、お菓子を食べて良いですか?」と、たっくんは申し訳なさそうに聞きました。
「もちろんじゃ」と、おじいさんが答えました。
みゅうちゃんは、いつの間にか笑っていました。
今日、みゅうちゃんがわかったことは、妖精や精霊などが見える人もいれば、見えない人もいて、それが見えても見えなくても、誰も悪くないってこと。だから、おじいさんとおばあさんは仲良しだし、お父さんとお母さんとちいちゃんも、やっぱり見えないみたいだけど、私と仲良しで良いんだから……。
その後もたっくんは、おじいさんとみゅうちゃんと一緒に話をするために、時々、遊びにくるようになりました。