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『迷える霊との対話』より

 今回は、『迷える霊(スピリット)との対話』 スピリチュアル・カウンセリングによる精神病治療の30年 (C.A.ウィックランド著 近藤千雄訳)から学んでいきたいと思います。

 私は霊的知識を、ぜひ、地上にいるみなさんに学んで欲しいと思っております。それは、これを読んでいるみなさんはもちろんのこと、地上圏を彷徨っている地縛霊と言われている方たちにとっても、地上の私たちを通して霊的知識を学ぶきっかけが出来きて、本来の霊性進化の道を歩んでいける可能性が出て来るからです。もしも、暗黒の中を彷徨っている霊に対して、私たちが彼らの目となり、耳となって、霊的知識や思いやりを届けることが出来たとしたら、それは素晴らしいことだと思います。たとえ私たちには、その姿が見えなくて、声も聞こえなくて、思いを感じることが出来ないとしても……。

 今回は、霊的知識に欠けている方が、肉体の死後、どのような道を歩むことになるのかを学んでいきます。

 迷える霊との対話 15章 二つの世界の相互作用

霊の世界と物質の世界の相互作用

 霊の世界と物質の世界との間では、絶えず相互作用が行われている。霊界は空漠とした世界ではなく、実体のある自然界であって、物質より一段と純化された材料から形成された、活動と進歩にあふれた広大な世界である。そこでの生活は、この物的世界での生活の続きである。

 物質界においては、魂は、その世界での経験や対象物との接触によって知識を獲得し、肉体器官を通しての表現によって存在を自覚する。霊界においても個々の進化は継続し、自発的な奉仕、高い理想の認識と成就、そしてますます広がっていく生命の目的の理解などを通じて、理性に導かれながら、魂が開発されていくのである。

 一般に陰鬱な恐怖をもって見つめられている ” 死 „ は、――この ” 死 „ という用語は実は間違っている――自然に、そして簡単に推移するので、多くの人間が肉体から離れたのちもその移行に気づかず、また、霊界の生活についての知識を何ひとつ持ち合わせないので、彼らはそれまでとまったく別の生活環境に入っていることに少しも気づかない。肉体の感覚器官を取り上げられているので、物質界の光を見ることもできず、また、より高い人生目的の理解も欠いているので、彼らは霊的に盲目であり、バイブルで ” 暗黒界 „ と呼ばれている薄暗い境涯にいて、地上圏に属する領域をさ迷っている。

 死は、罪多き人間を聖人にするものでもなければ、愚か者を賢人にするものでもない。その個性は生前と同じであり、地上時代と同じ欲望・習慣・信条・間違った教義・来世に関する無知や不信といったものを、そのまま携えて霊界入りするのである。そして地上時代の精神状態がそのまま具現化した容姿をして、幾百万ものスピリットがしばしば地上圏にとどまり、多くの場合、地上生活を送った場所にいて、地上時代と同じ習慣や趣味を固持しているのである。

 霊界の高い階層にまで進化したスピリットたちは、こうした地縛霊を導こうと常に努力しているのであるが、彼らは死後についての誤った先入観のために、先に霊界入りしているスピリットが訪れても ” 死者 „ とか ” 幽霊 „ と思って恐れ、たとえ友人が会いに来ても、それを友人と認めようとせず、自分の置かれている身の上を理解しようともしないのである。

 深い睡眠状態にある者も多く、途方に暮れ、困惑した状態にある者もいる。その迷いの心は、奇妙な闇の恐怖につきまとわれ、また良心の呵責を覚え始めた者は、地上生活中の行為のために恐れと悔恨の中で苦しんでいる。

 一方には、利己的で邪悪な性向に動かされて、その欲望のはけ口を見出そうと、適当な人間を探しまわっている者もいる。彼らは、こうした破壊的な欲望から脱して、魂が悟りと光を求め、高級なスピリットによる救いの手が差し伸べられるまで、その状態にとどまっている。

 彼らは、性癖や欲望を満たすための道具(肉体)はもう失っている。そこで、多くのスピリットは、生者から放射されている磁気的光輝に引きつけられ、意識的に、あるいは無意識的に、その磁気的オーラに取り憑いて、それを欲望をみたすための手段とするのである。

 こうして憑依したスピリットは、霊的に過敏な体質のその人間に自分の想念を押しつけ、自分の感情を移入させ、その人間の意志の力を弱めさせ、しばしばその行動まで支配し、大きな問題や精神的混乱や苦痛を生ぜしめるのである。

 昔から、 ”悪魔(デビル)„ と呼ばれていたのは、こうした地縛霊のことなのである。実質的には人間に由来するものであり、利己主義や間違った教義、無知などによる副産物であり、何も知らないまま霊界へ送り込まれて、無知という名の束縛に囚われているのである。

 世の中の不可解な出来事や不幸の原因は、実は地縛霊の影響なのである。清らかな生活や正しい動機、高い知性が必ずしも憑依からの防御を約束してくれるものではない。唯一の防衛手段は、こうした問題についての認識と知識である。

 地縛霊の侵入を受ける側の肉体的条件は多様である。生来の感受性、神経の衰弱、急激なショックなどによることが多い。肉体の不調も憑依を招きやすい。生命力が低下すると抵抗力が弱まり、スピリットの侵入が容易になるのである。その際、憑依される人間も憑依するスピリットの方も、互いに相手の存在を意識していないものである。

 スピリットの侵入は、その人間の性格を一変せしめ、人格が変わったように見え、多重人格症、ないし人格分裂症、単純な精神異常から、あらゆるタイプのディメンチア・ヒステリー、てんかん、憂うつ症、戦争痴呆症、病的盗難、白痴的行為、狂言、自殺狂、そのほか記憶喪失症、神経衰弱、渇酒症、不道徳行為、獣的行為、凶暴、等々の犯罪行為を起こさせる。

 地上人類は、高尚な人生の目的を理解していない無数の死者の想念に取り囲まれていると思ってよい。その事実を認識することによって、ふとした出来心、激情、奇妙な予感、陰鬱な気分、イライラ、不可解な衝動、不合理なかんしゃく玉の爆発、コントロールできない熱中、そのほかの無数の精神的奇行などの原因が理解できる。(以上)

 最後に、これまで、地上人類の霊的知識の欠如の結果、肉体の死後も地上圏に留まる方が非常に多かったのだと思われます。そのために、地上と霊界、双方にわたって不幸を作り出す悪循環に陥ってしまっていると思われます。

 私は、これまで以上にスピリチュアリズムが普及して、地上で生きる人間と霊界で生きるスピリットとが、お互いに協力し合える世界が普通になれれば良いな~と願っております。私もそのために、今後もベストを尽くしていきたいです。