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霊的知識を学ぶ3

 今回は、シルバーバーチの新たなる啓示(ハート出版)から学びたいと思います。まずは、6章「青年心霊グループの代表との対話」を読んでいきます。それと、霊的知識を学ぶというよりは、私のひとりごとだと思って、読んでもらいたいと思っています。

 

──われわれ青年グループと同じように、今多くの若者が真実を求めております。われわれの子供が育つ環境をより良いものにしたいと願っております。そんな時になぜ人間どうしが殺し合い、傷つけ合うのでしょうか。なぜ人種どうし、あるいは宗教どうしで憎み合うのでしょうか。(途中省略)

 そして無知と愚かさ、強欲と憎しみをなくすための闘争に参加したいのです。何かアドバイスをいただければ有り難いのですが・・・

 (シルバーバーチは、)「これはまた、大変な質問をして下さいましたね」と言ってから、改まった口調でこう続けた。

「あなたのおっしゃる〝無知〟と〝愚かさ〟は別に今に始まったものではありません。したがって、それを一晩のうちになくする魔法のような手段はありません。大自然の働きの基調は革命(レボリューション)ではなく、進化(イボリューション)です。進化の過程はゆっくりと、そして着実に進行します。
 物的なものの生長も、無理強いすると取り返しのつかないことになります。霊的なものも同じです。一気呵成に事を成就させようとすると誤ります。
 悲観的な気持ちからそう申すのではありません。霊的実在に少しでも目覚めた者は希望に溢れた物の見方をすべきであると、私は常々説いております。
 無知から、あるいは愚かさから、人間がいかに無謀なことをしても、それにもおのずと限界というものがあります。大自然には法則というものがあり、そればかりは人間にはどうしようもないからです。
 といって、今すぐ提案できる万能薬は、私たちも持ち合わせません。申し上げられることは、霊的知識が広がり、その結果として無知が少なくなるにつれて、人間同士の対立が減り、戦争が減り、強欲が減り、光明の地域が増えていくということだけです。
 私たちが人間に代わって地上環境を改めるわけにはいきません。受け入れる用意のある人間に霊的真理を教え、その人に生き方を正してもらうことしかできません。
 人間にも、ある一定限度内でのことですが、選択の自由が与えられています。大霊の創造活動の一端を担って進化に貢献することもできますし、それを阻止したり、遅らせたり、邪魔立てすることもできます。それもアンチテーゼ(対立要素)としての貢献なのです。
 大霊は人間を、操り人形やロボットとしてこしらえたのではありません。大霊の属性のすべて、いわゆる神性を潜在的に所有しているのです。ですから、自らの判断力を行使して選択すべきなのです。戦争という手段を選ぶことも許されます。が、戦争では問題は解決されないどころか、さらに問題を生み出すこと、強欲や自己中心の考えは、その内部に自分自身の破滅のタネを宿していることを知るべきです。
 ナザレ人イエスも〝剣を取るものは剣にて滅ぶ〟と言っております。それくらいのことは人間もいい加減に悟ってほしいものです。あなた方としては、一人ひとりが、出来うる範囲内で霊的知識を広めることを心がければよろしい。
 自分自身が光明を見出したように、今度は誰か自分以外の人たった一人に光明を見出させてあげることができたら、それだけでこの度の地上生活は有意義だったことになるのです。以上が私から申し上げられるお答えです」

  その後、シルバーバーチは、〝スピリチュアリズム運動〟とやらには関心がないことと、「組織というものはそれなりの目標を持って活動しており、それはそれで結構です。が、私たちは、いついかなる場においても人の役に立つことをする人を援助することをもって、第一の責務と心得ております。」と述べています。

 これを読み終えた後、かつての私も、この青年グループのように、何故、理不尽なことが多い世の中なんだろう?と思っていたことや、どうして神様は、人間を不完全に作ったのだろうか?もしかしたら、失敗したのだろうか?という疑問を抱いていたことなどを思い出しました。

 

 そして、過去の自分をふりかえってみると、心のどこかで、一気に世の中が良くなる方法が、どこかにあるのではないのか?あるいは、神様なら出来るはず、と期待していた自分がいました。

 さらに、自分の霊性についても、どこかに一気に向上させる方法があるのではないのか?と期待しながら、一生懸命探していた時もありました。

 

 今だからこそわかるのですが、自分が探し求めてきたのは、Spiritual revolution(霊的革命)だったのだと思います。そのための方法を見つけることが、(全てを解決するための)一番の近道だと思っていました。そして、自分は、それによって特別な存在になりたかったのだと思います。みんなのために役に立ちたいと思いながら、そういうことが出来るような特別な存在でありたいと思ってもいました。結局のところ、利己心を満たしたいという欲求を、「みんなのために」というオブラードに包んでいたに過ぎなかったのだと思います。

 

 そういう自分を反省し、改善しようと思っても簡単には変わらないのが、やはり自分というものなのだと思います。さらに私は、他の面でも、直した方が良いと思う所を、人に言われようが、インスピレーションがあろうが、(霊能者を通じて)指導する霊から注意されようが、すぐには変えることが出来なかったですし、未だに改善出来ていない所も多々あります。そして、ほんの少しは、霊的な革命があったらいいなと思ったりしてしまいます。

 それでも私がめげなかったのは、シルバーバーチから、何事も一気に変える魔法の手段のようなものはなく、進化の過程はゆっくりと、そして着実に進行していくものであると学んできたからです。

 私たちは、Spiritual evolution(霊性進化)こそ求められているのだと思われます。「あっ、だから、霊的革命ではなく、霊性進化の道なのか~」と今になって、納得しています。それに、どこをどう探しても、神様に依怙贔屓(エコヒイキ)をしてもらうための方法なんか、あるわけがないですよね(笑)

 シルバーバーチが「大霊の創造活動の一端を担って進化に貢献することもできますし、それを阻止したり、遅らせたり、邪魔立てすることもできます。それもアンチテーゼ(対立要素)としての貢献なのです。」と述べている所があります。そこを読んで、私は、頭では何となく理解できたとしても、私がもっと霊的に成長することが出来なければ、「シルバーバーチの仰る通りですね。」とは、言えなさそうです。けれども、悪と思われていることを、アンチテーゼ(対立要素)としての貢献であると実感することが出来るようになれば、もしかしたら、世界が違って見えてくるのかもしれませんね。(※アンチテーゼとは、他にも「反対意見」「反対理論」「ある程度肯定意見を認めつつも、否定する」という意味があります)

 

 シルバーバーチを学んでいって、最近、特に感じることは、肩書にこだわるのは良くないな~ということです。むしろ私にとっては、邪魔であると感じております。

 肩書にこだわる人って、私の一方的な見方かもしれませんが、「私は、○○だから、他の人とは違うのだ。とか、私は、~~をやっているから、特別なのだ。」という感じだと思います。おそらく、自分を少しでも大きく、かっこよく、特別な存在に見せたいのでしょう。私もそういう時がありました。が、困ったことに、霊的知識を広めている人たちの中にも、そのような肩書にこだわる人が見受けられます。

 その肩書って、霊界で通用するのかな~?霊界に持っていけるものなのかな~?なんて、私は思ってしまいますし、自分のことなんて、霊界から見たら全て筒抜けなんだよって、思ってしまうのです。(そうは言っても、隠したいこと、なかったことにしたいことなら、いくらでも出てきます)

 霊界では、「人に見せている自分」「こうであって欲しい自分」「自分で思っている自分」が問われるのではなく、自分の本音の部分、つまり、(自覚することの出来ない無意識の自分も含めて)本当の自分が問われてしまうようです。さらに、自分がいかに霊としての自覚があるのかによって、大切にすべきだと思うことも、変わってくるのだろうと思います。霊的な視点を持つということが、必要なのでしょうね。

 

 つまるところ、今回は、いろいろと考えたけれども、シルバーバーチってすごいな~ということしか、わからなかったような気がします。何時間もかけて、このブログを書いているのに情けない限りです。それでも私は、霊的知識を広めていくということがとても大切なことだと思っていますし、やり続けていきたいことだと思っています。