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父の夢

 年月が経つのは早いものだと、最近つくづく感じる様になりました。そして、父が他界してから、すでに6年以上の年月が経過しました。ですが私としては、ついこの前の様に感じております。

 

 こうしてブログを書きながら思い出したことは、私がシルバーバーチ読書会に参加するようになったのは、父の(地上での)死後、一年以上経ってからだったことと、それをきっかけとして、わずかな期間ながらも、母も一緒にシルバーバーチ読書会に参加出来たことです。

 

 そして、当時のシルバーバーチ読書会の主催者から、霊となった父が、私の母に付き添いながら、シルバーバーチ読書会に参加していることを教えてもらったことがあります。その時の私は、「少しは、私も親孝行が出来たのだろうか?」と、言葉には出せない思いがわきおこった思い出があります。ほんの一時にすぎませんでしたが、そもそも親子そろって、シルバーバーチの霊訓を学べるとは思ってもみなかったことなので、とても良かったし、嬉しかったです。

 

 ところで、私の親孝行とは、他の人とはかなり違っていたと思われます。私が小学生の5~6年生の頃の親孝行の目標には、「父親が死後の世界の存在を信じ、霊界のことを学んでいけるようにする」ということも含まれていました。その理由のひとつに、私の父以外の家族は、霊感があるためだと思われますが、それぞれ自分なりに、死後の世界の存在を信じていました。さらに私は、死後の世界を信じない人たちは、信じることで何か損をするかもしれないと思っているのだろうと、心配したりもしました。(まわりからは、私の方が変だと思われていたようです……。)

 

 死後の世界を信じようとしない父に、(それだけではありませんが)うんざりしていた気持ちを抱えたまま私が成長するにつれ、父と私との間に、徐々にわだかまりや確執というような思いが芽生え、大きくなっていきました。そのせいで度々、衝突することもありました。それでも、仲は良かったほうだと思います。何故なら、大きな親子喧嘩をしたとしても、早い時は数日の内に、長い時でも、ある程度の期間で仲直りをしていましたから……。ただ、私が反抗期を迎えた10代後半の時、父を思いっきり殴ってしまったことがあります。

 この後に具体的な内容を書きたいと思いますが、6月1日午前3時に、父が出てくる夢を見てから、父に対して、とても申し訳ない思いがあふれてきて、自然と(心の中で)父に謝ることが出来ました。本当に申し訳ないことをしたと思っています。

 

 今となって気づいたことですが、私は小さい頃から、ずっと、心の中で、父を責め続けてきたのだと思います。はっきりとした理由は良くわからないままなのに、父のせいで苦しんでいるという思いが、ずっと私の中にあったからです。

 さらに、私の霊的な成長を阻害してきたのも、その父を責め続ける思いが原因であったことが、その夢を見てから気づくことが出来ました。それは、まるで見えない鎖に縛られているかのようでした。

 また、それをきっかけとして、「相手によって(あるいは、他の何かによって)、幸せが左右されるような偽物の幸せを追いかけてきた自分」に気づくことも出来ました。

 ずっと父のことは、大好きでありながら大嫌いでした。が、やはり私は、父が大好きであることがわかりました。前置きが長くなりすぎましたが、『父の夢』を紹介したいと思います。

 

 霊的な夢も含めて、父が出てくる夢は、これが初めてではありません。当たり前と言えば当たり前ですよね。ただ、今までの夢と違う所は、父が私の霊的成長のために、(夢の中でですが)自らを犠牲にしようとしてくれたことです。

 今回の夢では、最初、私が父と対面した所(を見ること)から始まりました。その時の私は、父との関係によって、何故、今まで苦しんできたのかをいろいろと伝えているようでした。夢の中では、言葉による会話ではなく、思念の交流のような形で行われていたので、わずかな時間にもかかわらず、父も理解されているように見えました。

 そして、ふと気がつくと、場面が切り替わっていました。先ほどのような、客観的な形で、父と私を見ていたのとは違って、今度は、自分の目を通して、父を見ていました。

 けれどもそこで見た父は、半裸でボロボロ、しかも全身が痣と傷だらけの状態で床に倒れていたのです。そして真剣なまなざしで、私にこう言いました。「半分にしろ……」と。

 この言葉の意味には、私を傷つけたことに対する、父なりの埋め合わせのために、「気が済むまで(殴るなり、蹴るなり)すればいい。けれども、やりすぎることによって、(子供である私自身に)罪が及ぶのは避けたい。この場での(子供である私の)罪は、父が持っていく。そのための覚悟は出来ている。」という思いが込められていました。

 そしてすぐに私は、覚悟を決めて横たわっている父を前にして、「踏みつけても良いのだよ」という、誰の者ともわからない、父とは別の声なき声を聴いたのです。すかさず私は、「踏めるわけがない。」という思いでいっぱいになって、「もう、これで終わりにしよう。」と、父に言ったのを最後に、目が覚めたのでした。

 後になって振り返ると、夢の内容の全てを持ち帰ることは、今回も出来なかったと思われます。それでも、姿こそ見えなかったのですが、父と私の他に、今回の夢のために協力してくれた霊の方々の存在を感じることが出来ました。

 余談ですが、今まで、そのような霊の方の気配を感じることがあっても、まったく姿を見ることが出来なかったので、何故なんだろうな~と思ったことがありました。たぶん、いろいろと配慮してくれているんだろうと、勝手に思うことにしています。

 それから、父と私とのわだかまりや確執についてふれると、父が私に対して、わざと傷つけるようなことをしたことはありませんでした。ただ、父には、いろいろと複雑な事情があって、生まれたばかりで養子に出され、その養子先では、父を引き取ってすぐにたくさんの子宝に恵まれたために、さらに近くの親戚に預けられた経緯があります。また、そのような父と結婚した母も、幼くして母親をなくしたり、親が変わったりした経緯があります。しかも私には、父親の違う一つ上の兄がいることを、24歳になってから初めて知りました。そのような両親の下に生まれたので、とにかく、持病の喘息を抜きにしても、生きていくのが大変だったとしか言いようがありませんでした。まぁ、もちろん、楽しい良い思い出もありますよ。

 

 今回の夢のおかげなのか、今なら素直に、父も自分の人生を必死に生きてきたことを、私にも理解することができます。さらに、愛というものを、ずっとずっと父は探し求めてきたのだと感じました。たぶん、養子で、しかも長男でもあった父は、どの親に対しても、甘えたくても甘えられずにぐっと堪えてきたのだろうし、親子で触れ合える経験も少なかったことと思われます。

 私は、そのような親から育てられました。今まで気づかなかったのですが、私は今まで父のことを、子供を愛することの出来ない人だと思っていたようです。そして、自分が愛されていないという思いから、ずっと憎しみのようなものを抱えながら生きてきてしまったようです。

 けれども今回の夢をきっかけとして、本当は子供に対して愛はあるものの、父は不器用で、愛情表現も下手なだけだったということが理解出来ました。

 今さらながら、もっと素直に父の話を聞いていれば良かったと思います。今回は、夢という形で現れましたが、霊のみなさんの協力もあって、父と私を縛っていた見えない鎖は、どうやら消えたようです。

 

 本当は、今回のブログで、もっといろいろと書きたかったのですが、「父の夢」を見てから、過去の色々な思いや出来事が、あまりにも多くあふれ出て来るので、そちらの方を先に整理したいと思います。まとまりのないままで申し訳ありませんが、ここで終えたいと思います。