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過去のブログから3

28日8月2016年

 「祖父の夢」(過去に、ここ以外でも紹介した内容となります。)

 

 今からもう、30年近くも前の話になりますが、私が高校生だった時の話を紹介したいと思います。

 

 私の父方の祖父母は、北海道のメークインの産地で暮らしていました。両親は、共に北海道で生まれ、北海道で育ちました。結婚を機に、東京で暮らすようになったそうです。

 私はずっと東京に住んでいましたが、私が中学生になる頃まで、年に一度から二度、祖父母に会いに北海道に行っていたので、とても馴染み深い思いを感じています。

 

 祖父が70歳を過ぎた頃、病に倒れました。治療によって、起き上がれるようになったらすぐに、病院を脱走したそうです。そのような祖父でしたが、しばらくした後、亡くなりました。私が高校生になったばかりの頃でした。

 そういう理由もあって、すでに霊界を身近に感じていたこともあり、祖父がどういう霊界にいるのだろうか?と、心配になりました。

 そのころの私は、「生きている間に、どのような思いをもって、どう生きてきたのか?また、霊界の存在を信じていたのか?」が、死後の行き先を決めるのであろうと信じていました。

(ただ一方で、霊界の存在を否定する人を、馬鹿にして、見下していた時期でもあるので、とても恥ずかしい限りです。神を信じているにもかかわらず、とても傲慢だったと思います。)

 

 それから半年くらいの月日が経ち、祖父が夢に出てきました。


 その夢の場所は、祖父が住んでいた山に囲まれた、(家を建て替える前の)昔のかやぶき屋根の家の前でした。そして、周りを見渡しても、田舎らしい明るくのどかなところでした。

 私は、その家の前で小さな子供達3~4人くらいと遊んでいました。誰だかわからないけれども、知っている人達のような気がしました。

 それからしばらくすると、目の前に祖父が立っていました。
 周りを見ると場面が変わっていて、祖父と私は、山へと続く、両脇が黄色い花で埋め尽くされている道にいました。

 それからまた場面が変わり、再び私は、家の前にいました。そして祖父は、玄関の右脇にある大きな切り株の所で、私と子供達に、いろいろな話をしてくれました。

 そして、祖父がいる霊界のことについても、いろいろ教えてくれたようですが、残念ながら、話の内容を持ち帰ることが出来ませんでした。

 

 朝起きて、さっそく、父にそのことを話しました。しかし父は、どちらかというと死んだら終わりという考えの持ち主だったので、信じようとしませんでした。

 

 父にとっては、たんなる夢だと思われたことでしょう。

 しかし、父が信じざるおえない事実が、その夢にはあったのです。実際の祖父母の家は、私が小さい時に建て替えをしており、夢に出てきたその大きな切り株もありません。

 夢の中で出てきた、かやぶき屋根の家は、建て替える前のものだと思います。
 その家の様子や、切り株のこと、また、祖父の持っていた作業道具のことなどを、こまかく話していきました。
 そして、確かに、玄関の右脇に切り株があったことや、祖父がかつて使っていた道具のことなどを父が思い出したのでした。私が見た祖父の夢は、たんなる夢であったのかもしれません。けれども、私が見た夢を通して、祖父の愛が、父に届いた瞬間だったと思います。

 

 信じない方には、ただの夢かもしれませんが、不思議なことに、いつまでたっても忘れることの出来ない、現実のこととして覚えているものです。

 

12日5月2016年

 「叔母が救われた日」過去に、ここ以外でも紹介した内容となります。)

 

 私は、最近亡くなった叔母のことが、どうしても気がかりで、母にそのことを話しました。母も同じ思いを抱いていたようで、「叔母が霊界で救われていないのでは?」という思いが強くなっていきました。

 

 ところで、北海道に住む叔母と、私が直接連絡をとるようになったのは、父が亡くなる数年前でした。それまで私にとっては、とても苦手な叔母でした。けれども、父が倒れて亡くなるまでの間、東京見物を兼ねて、二人で上野動物園へ行って、その後、蕎麦を食べたことがきっかけとなり、電話や手紙のやり取りをするようになりました。

 また、叔母には、私と同じ年の息子がいるので、私のことを、自分の息子と同じように思ってくれたようにも感じました。ですから、叔母が亡くなったと聞いて、なおさら、霊界で幸せなのか心配になったのです。

 

 そこで、ある霊視能力を持っている方に、叔母がどのような霊界にいるのかを調べてもらいました。その結果は、次のようなものです。


 「今回、お尋ねの叔母さんは、三回目の霊視(霊査)でやっと心を開いたようです。叔母は孤独が好きなようで、生前、死後の世界についても、ほとんど関心がないようでした。したがって、人の言うことにも、あまり真剣には聞けなかったようです。

 叔母は、薄暗い閉じ込められた、独りぼっちの空間の世界にいるようでした。例えるなら、土管のような縦に長いほら穴の中のようです。」というものでした。

 そこで、私と母の名を出して、「このような場所が嫌だったら、心を開いて守護霊さんの導きに委ねなさい。と言うと、本当に嫌な場所のようでしたから心を開きました。すると最初に、叔母の父らしき方の姿が見え、次に叔母の母らしき方の姿というふうに、皆が待つ魂の世界へ旅立ちました。」ということでした。

 

 実は、その結果を聞く数日前に、私は叔母が救われたことがわかりました。何故なら、ちょうど、平原綾香さんが歌う「JUPITER」を聞いていた時、「愛を学ぶために 孤独があるなら 意味のないことなど 起こりはしない」という歌詞の所で、私の中から「救われた」という思いが、溢れてきたからです。それと同時に、涙が流れて止まりませんでした。

 「これは、叔母だ。叔母が救われたんだ……」と。

 

 最後に、私が母と一緒に、あるシルバーバーチ読書会に参加した時のことでしたが、その時、亡くなった父も参加していたようで、姿をみせていたそうです。

 そして今頃は、叔母もきっと、シルバーバーチの教えを学んでいることでしょう。そう思えるだけでも、私はとても嬉しくなり、神に感謝をするのです。

 

25日6月2018年

 「以上、過去のブログ3からでした。」

 

 「祖父の夢」以外にも、過去に見た夢の中に、かなり変わった夢があります。

 

 それは、猫と話が出来た夢です。具体的な内容は残念ながら覚えていませんが、夢の中の猫が、まるで子供の様に見えて、いろいろとおしゃべりが出来たというものです。これは、かなりおもしろかったと、当時の日記にも書かれていました。

 それと、キラキラと光る、緑豊かな草原のような所にいる夢も見ました。気が付くと、知人女性と真っ白な腰掛に座って、そこで、とても大きな本を開きながら、一緒に霊界のことを学んでいました。

 そうかと思うと、寺子屋のような所で、15人くらいで学んでいたりする夢を見たりするなど、地上では不可能と思われる、とても楽しい経験をさせていただきました。

 その一方で、私に対する試練だと思われる夢を見たり、ある人を更生させるために、救出に赴いたりする夢も見たりしました。

   朝起きて、思わず、ハッとしたこともあります。夢にも、本当にいろいろあるものですね。

 

 また、ありがたかったことは、目覚ましをかけ忘れてしまったときなど、朝、どなたかの霊が、私の名前を透き通った優しい声で呼んで、起こしてくれたことです。

 誰の声なのかはわかりませんでしたが、そのおかげで目覚めることが出来て、何度も遅刻をせずにすみました。感謝しております。でも、今は何故か勝手に目が覚めてしまいますよ(笑)