偶然に思えることも

 過去のブログ「不思議な縁」で、和歌山のご夫婦の話が出てきましたが、「一昨年の10月に行われた、ある講演会で出会ったのですが、その時、ランチと夕食をご一緒にさせていただきました。」とあるように、2年前に偶然、講演会を通して知り合うことが出来ました。

 このご夫婦の奥様の方は、足の状態が良くなくて痛みもあり、歩くのも困難だったそうです。それでも、和歌山から東京まで足を運ぶことが出来たのは、ある方に遠隔ヒーリングをお願いして、足の痛みが取れたおかげだったそうです。

 ところが、講演会と東京見物を終え、帰宅後しばらく時が経ってから、再び痛みがぶり返したそうです。そのため、改めて、遠隔ヒーリングの依頼をされたそうですが、まったく効果が現れることがなかったそうです。

 しかも、ヒーリングの効果が現れないのは、依頼者である奥様の「心配性」が原因であると、依頼したヒーラーの方に伝えられたそうです。(ちなみに、奥様は「心配性」ではないそうですが……。)

 

 何故、講演会に来る前に痛みが取れたはずなのに、その後痛みがぶり返してしまったのでしょうか?

 思い当たることは、そのヒーラーのヒーリングが「サイキックヒーリング」である可能性も考えられますが、それだけではなく、霊界側の配慮があったためだと思われます。

 それは、このご夫婦が霊的真理を学び、それを生活に役立てて、「いずれ旅立つこととなる霊界に向けた準備」をするための配慮であったようです。(ただ私には、どのような霊がそう配慮して動いてくれているのか?は、まったくわかりません。)

 

 ところで、霊能者と言われる方は、「わからないことでもわかったふり」をしたり、「あなたの過去世は、○○でした。」とか、決まり文句の「邪霊が憑いているせいです」とか、「先祖の供養が必要です」とか、「水子の霊が憑いています」とか、いろいろ言う人もいるので注意が必要です。が……、一方、スピリチュアリズムを学んでいるはずの方の中にも、「償いが必要」とか、「カルマのせい」とか、「時期が来ていないから」とか、「あなたの魂に問題がある」から……など、病気で苦しんでいる方に対して、それが治らないのは、その人が「悪い」からだと決めつける方もいるようなのです。時にはそういうこともあると思いますが、そのことにも注意した方がいいと思いますし、そう考えることによって、他人に対して傲慢になったり、自分に対して抑圧しすぎたりすれば、何のための霊的真理であるのかわからなくなってしまいます。(最近、いろいろな方と関わっていくうちに、いい加減なことを言っている方が意外といることに驚きました。)

 

 すみません、話を戻します。ですが、霊能者やヒーラーに頼りすぎる依頼者の方も良くないと思っています。自分の問題を解決するのは、やはり自分自身であるということを忘れないで欲しいと思っています。

 私がインスピレーションで……と言った時、それは、(肉眼で見るような形での)霊視のように視えるわけでもないし、(耳で聞こえるような形での)霊聴のように聞こえるわけでもありません。改めて言いますが、私は、霊能力者ではありません。

 ですから、あくまでも私のインスピレーションは、参考程度に留めてもらいたいと思っています。そうでなければ、どうして人と人とが知恵を出し合いながら協力して、この地上での問題をのりこえていく必要があるのでしょうか?

 

 それはともかく、奥様がその後、霊的真理を勉強されて、神を信じ、実践されたそうです。その後改めて、私とスピリットヒーラーズにヒーリング依頼をされてから、足の痛みもほとんど解消されたそうです。

 それまでに、2年と言う歳月が流れました。この期間をどう見るのかは、人それぞれですが、医者にこれ以上治療することが出来ないという診断をされた方にとっては、喜ばしいことに変わりないと思っています。

 

 ですから、偶然に思えることも、目には見えない所では、それなりの理由が働いているのだろうと感じています。