お酒をやめた日(下)

 とうとう私は、前回のブログのような経験を二度としたくなかったので、それから、お酒を飲みたいと思わなくなりました。(これでは、罰が怖くてやめているだけみたいですが……。)

 

 死後、閻魔大王に生前の罪を裁かれるという話は、その真偽のほどはともかく、一度は耳にしたことがあると思います。今回のことは、自分の罪を裁くのに、自分が閻魔大王となって裁くようなものです。でも、そのせいで、今までお酒を飲んで失敗してきたことなども思い出してきたので、何日間も苦しんでしまいました。

 

 この経験をすることによって、今までの自分を、改めて振り返ることになりました。そして、反省しているうちに、どうしてもアルコール依存症の方の話を直接聞いてみたくなったので、その方たちが集まるミーティングにも参加してみました。もう、これは導かれていたのだと思いますし、実際に得ることも多かったです。

 

 そのようなミーティングに参加して、わかってきたことは、亡くなった父との関係に、深い溝が残ったままだったということです。(そこに参加することで、何かをきっかけにして、後から気づいてくることがあるのです。)

 それでも、亡くなった父との関係は、けっして悪いとは感じていなかったし、むしろ父のことが今でも好きです。けれども生前の父は、私が小さい頃から自分の思い通りにならないと、家族に八つ当たりをするし、毎日、お酒を飲んでは、迷惑をかけるし、頑固で、自分が間違っていたとしても、人に頭を下げたら負けだと思っているような人でした。おまけに、……。(あっ、けっこう頭にきていたんですね~。)

 

 そういう父との関係があったからだと思うのですが、自分のことは棚に上げますけど、お酒で問題をおこす人をとても軽蔑していて、見下している自分に気がつきました。それは同時に、自分に対してもそういう思いを向けていることでもあったのです。

 (だから、それに気づかされて、その酔っぱらいが、自分であったことが、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなったのです。)

 アルコール依存症の方の話を、二度ほど聞いて、その方たちを見てきたのですが、どうやら依存症というのは、事前に調べた通りに本当に病気であって、その人の性格とは別の問題であることがわかりました。さらに、お酒を飲まない努力がいかに大変なのかもわかりました。

 それを機会に、心の奥底にしまい込んであった、軽蔑したり見下していたりしていた自分の心を認めて、反省することが出来ました。いつまでも父を責めていては、可哀そうですし、良い思い出もたくさんあるので、心の底から、霊界での幸せを願っています。

 

 さらに、神に誓ったはずなのに、お酒の誘いを断り切れなかった原因もわかりました。それは、人に良く思われたいという気持ちが心の奥に根付いていたことです。

 それは、「もしも~だったら、相手の気持ちを害するかもしれない。」という条件を勝手につくってしまい、たとえば、「もしも、お酒の誘いを断ったら、相手はきっと寂しいだろう……。付き合いが悪いから、良くは思わないだろう……。」または、「ずっと、顔を出してきた居酒屋なんだから、飲みにいかないと、ママは心配するんじゃないか?売り上げが落ちると困るだろう……。」というような思いに囚われてしまうことです。

 

 何がまずかったのか?「自分自身の問題であるにもかかわらず、他人に主導権を預けることによって、その問題から逃げようとする″心の癖″が問題だったのです。」つまり、嫌われたくない、良く思われたいというような気持ちは、自分自身が責任を取りたくないという気持ちが現れたものです。それが、人や物に″依存″するということなのだと思います。

 

 確かに、嫌なことを感じたくないために、お酒を飲んでいたのですから……。

 

 これらのことから、お酒を飲まなければ、それでいいというわけではなく、その背後にある問題も解決していかなければならないということが、わかったわけです。

 それは何故かといいますと、私が心霊治療家として、人の役に立つためには、自分の魂が純化していく必要があるためだと思います。そして、それは厳しいながらもそのための導きが霊界側からあることも忘れてはならないでしょう。

 

 どうしても、心霊治療家として生きることを目指すならば、自らの霊性を向上させなければなりません。そのためには、人の幸せを願えるようでなければ無理でしょう。そして、実践を通して、それを証明することも必要でしょう。

 その時に足かせとなっている自分の中の未熟な部分を、どうしても取り除く必要があるのです。そのためには、このような体験もあるのだということを知ってもらいたいと思います。

 決して、たくさん神様に祈ったからといって、あるいは、強い信仰があるからといって、善霊たちが何の苦労もなしに、霊性の向上をさせてくれるわけではないのです。

 

(※最近は、必要に応じてお酒を飲むこともあります。さすがに付き合いであっても、飲む量には気をつけています。悪癖を治すためには、一進一退を繰り返して、少しずつ改善していくしかないのかもしれませんね。と、勝手に思うようにしています。)