神を信じて損をするのだろうか?

 神を信じて損をすることがあるのだろうか?霊界の存在を信じて損をすることがあるのだろうか? 心霊治療によって、神への信頼を持ち続けながら歩むことが出来た方と、途中で引き返してしまった方との……お話です。

 

 病気によって、人生に絶望を抱かれる方も少なくないと思います。とくに、自分が癌になってしまい、今後、どれくらい生きていられるのか?あるいは、どれくらい苦しむのだろうか?など、自分が癌になってから初めてわかることもあると、切実と語られた方の言葉が印象に残っています。

 そこには、たとえ他の病気だったとしてもそうなのでしょうが、行き場のない怒りや不安、悲しみなどが込められていると思われます。

 

 そのような病気によって、病院にかかっていても、(地上での)命の保証がないと感じてしまったことによって、今まで見向きもしなかった″神″に対して、思いを馳せる人もいるようです。

 そして、そういう方の中には、導かれるようにして″スピリチュアルヒーリング(心霊治療)″に、たどり着く場合もあると思います。

 

 ある病気をきっかけとして、スピリチュアルヒーリングにたどり着いた2人の知人がいます。けれども詳しい病名などは書くことが出来ませんが、スピリチュアルヒーリングによって、せっかく病気から解放されても、その後をどう過ごされていくかによって、ずいぶんと生活にも違いが出てしまったようです。

 

 その2人の知人の方は、親戚同士だと聞いております。そして2人とも神の存在を信じて、ヒーリングを受けたことによって、双方ともに病気は快方に向かいました。そのこと自体はとても良かったですし、そのうちのひとりの方は、シルバーバーチ読書会で教わったことを生かして、少しでも人の為に出来ることをしようと実践されました。

 

 その後、いろいろあって、もうその方は、読書会に参加することはなくなりましたが、読書会で教わった祈りの実践や、近所を掃除して周りをきれいにしていくなど、人の役にたつことをずっと続けていったそうです。

 そのおかげで、体調が良くなっただけではなく、不仲だった家族関係までが少しずつ良くなってきたそうです。

 

 そして、もうひとりの方は、読書会で教わったことを必ずやると誓って、犬の散歩の時にごみを拾ってきれいにしていったそうです。しかし、3~4日して止めてしまったそうです。

 止めてしまった理由として、病気が治ったのは、たんなる偶然だと思うようになったからだそうです。その方は、心配だった病気だけではなく、長年つらい思いをしてきた腰痛まで良くなったと言って、とても喜んでいたはずでした……。

 しかし、治ったのは偶然だとして、ヒーリングのことを否定するようになりました。それからすぐに異変がおこってきたそうです。

 徐々に腰の痛みがぶり返してしまい、それが痛くて痛くてたまらないと愚痴をこぼされていたそうです。しかも、身内にも良くないことまで起こってイライラしているようだと、親戚である知人の方から聞かされました。

 

 実は、ヒーリングを偶然だとして否定するようになった背後に、信仰している宗教が関係していたのです。

 これは、親戚である知人の方も後からわかったことなのですが、その方は、ある新興宗教の熱心な信者だったようです。しかも、それなりにお金もかけてきたようですし、家の中のいろいろな場所にお札(ふだ)を貼っていて、死後のために?立派なお墓も用意しているみたいです。

 

 つまり、この方がスピリチュアルヒーリングと治療霊の存在を認めるということは、自分の信仰している宗教の否定になるだけではなく、それとともに、親戚である知人の方に、自分の負けを認めるようなものになるからではないかと思われます。プライドが邪魔している気もしました。

 でも、実際には、ヒーリングを否定することによって腰の痛みがぶり返し、せっかくの善霊とのつながりも無駄にしてしまったようです。それに、宗教に関係する邪霊などに引き戻された可能性もあるのではないかと思っています。

 熱心に信仰すればするほど、おかしなことに、自分の息子までが、トラブルをおこすようになったそうです。(残念ながらその後のことは、聞く機会がないのでわかりませんが、良い方に向かうことを願っています。)

 

 やはり、自分で蒔いた種は、自分で刈り取ることになっているのです。ヒーリングのことを信じられなくても、それはそれで仕方ないと思いますが、神を否定し、邪霊を信仰していけば、それなりの責任を負わねばならないのだと感じました。

 

 シルバーバーチの霊訓を学んでいくと、そこに書かれていることは、本当なんだと改めて思いますし、そういう体験を通して初めてわかることでもあると思います。