思念の矢

 これは、心霊治療家を目指すようになってから、体験してわかったことです。「思念の矢」という言葉はすでにあるようでして、他の方も使っているみたいですね。

 私の方はというと、実際の体験を通して、これは「思念の矢(だよ)」というように(霊界側から)伝えられたので、そう呼んでいます。

 

 いつも思うのですが、「けっこう嫌な思いばかりする経験が多いなー」と言いつつ、そういう経験を通して成長するのも、また事実なんですよね。今回のも地味だけど、けっこう嫌な思いをしました。

 

 みなさんも、ちょっとしたことで、相手の怒りを買ってしまったことがあると思うのですが、今回のは、いつものとは、違っていました。

 それは実際に、相手が私に何かを言ったり、態度に出したりして、怒りをあらわしたわけではないからです。

 

 1回目の出来事は、私が昼間にカーブのある一車線の道路を、バイクで運転している時でした。その時、後ろから、猛スピードでタクシーが走ってきました。ミラー越しでしたが、そのタクシーは、私を抜かしていきたいようでした。

 別に、抜かしたかったら、抜かせばいいのですが、狭い一車線でしたし、対向車もあるので、追い抜くのに少し時間がかかったようです。そして、そのタクシーが、私を追い抜いた瞬間に、私の胸の部分に何かが突き刺さったのです。

 それは、相手から発せられた怒りのエネルギーが「思念の矢」となって、私を攻撃したのでした。この時、「何してくれてんだー」と思いましたよ。

 

 2回目の出来事は、私は、狭い道を通ろうとしたときに、バイクで届けるフード宅配というのがあるのですが、その宅配の若い男性の方が、何故か道をふさぐようにバイクを止めているんですよ。そして、私に気が付いて、何も言わずにバイクをどかしたんです。そしたら、またもや「思念の矢」が、私に突き刺さったのです。

 「それって、逆切れだろー」と思いましたよ。本当に辛いんですよ。

 

 これらのことは、(霊界から)試されているなって、すぐわかったわけです。「より強い思念で、相手をやっつけよう」と絶対に思ってはいけない。ナザレのイエス様を見習う時だと感じました。「敵対するものにも優しくするべし」そこで私は、相手のために祈ることにしました。「相手は、霊的真理を知らないだけなのです。私が傷ついていることを知らないだけです。私は許します。どうか、この地上に生まれてきた意味を知ることができますように。どうか霊性進化の道を歩むことが出来ますように。そして、幸せが訪れますように。」と無理やりですが、頑張って祈ったのです。

 

 ほんと……、イエス様の言った通りでしたよ。すぐに、私に突き刺さった「思念の矢」は、消えてしまいました。本当に良かったです。

 ですが、何故かそれらをクリアすると、また違うことが起きたりするんですよね~。ということで、今回の話を終えたいと思います。