叔母が救われた時

 北海道の千歳から、何度も会いに来てくれた叔母が亡くなってから、数年経ちました。厳しくても思いやりのある人でした。そんな叔母との「生死を超えて愛は届いた……。」という話を紹介したいと思います。

 

 この話をする前に、実際に霊界で叔母を救ってくれて、お礼を申し上げたいと思います。そして、その機会を与えて下さった神と善霊たちに感謝します。

 

 最後に叔母と会ったのは、父が亡くなり葬儀をした、今から4年半くらい前のことです。それが一段落して、北海道へ帰る前に、叔母から「蕎麦が好きなので、どこか食べに連れて行け」とせがまれました。しょうがないので(叔母さんの息子と私は、同い年なんです)、二人で上野に行って、動物園やアメ横をブラブラしながら、蕎麦を食べました。叔母さんには、「空港まで、送り迎えくらいしろ」とか、(今は吸っていませんが)「タバコはやめろ」とか、(これもやめましたが)「酒も飲みすぎるな」とか、自分の息子のように言われたのが懐かしいです。

 

 その叔母が、それから間もなく亡くなったと聞いたので、「霊界でどうしているかな~、ちゃんといけてないかもな~、トイレで一人で亡くなったときいているから……。」と心配はしてみたものの、どうすることも出来ませんでした。

 

 そして、「シルバーバーチ読書会」へ参加するようになって、もしかしたら、叔母のことを何とかしてもらえるかもしれないと思いました。

 母も、ずっと私のように思っていたらしく、「かつしか」の方にお願いしてみようということになりました。そして、どうだったかと言いますと、3回目の探索でやっと、(私と母の名前を出したこともあって)叔母が心を開いてくれたようでした。

 

 その内容は、「孤独がお好きなようです。生前、死後の世界にも関心がありませんでした。したがって人の言うこともあまり真剣には聞けなかったようです。」

 

 「そういう方は、決まって閉じ込められた独りぼっちの空間の世界へ逝くようです。最初(理解できませんでしたが)土管のような縦に長いほら穴の中にいました。私は何かの間違いだと思い気にもしていませんでした。二日目もそうでした。私は亡くなった人の魂とは交信が難しい。と思い半分諦めました。」

 

 「しかし今朝方、はっきりとその理由が分かったのです。周りは霧か霞か、はたまた壁で(本人の心が頑な)で開こうとしないので薄暗闇の世界を作っているから見えないのだ。このような場所が嫌だったら心を開いて、守護霊さんの導きに委ねなさい。と言いました。」

 

 「本当に嫌な場所のようでしたから心を開きました。すると最初に父らしき方の姿が見え、次に母らしき方の姿というふうに皆が待つ魂の世界へと旅立ちました。最後に死の瞬間は病だったのかときいたところ、私の右上半身に痛みが走り、きっと右肺に障害があったと思われます。」というものでした。

 

 (それにしても、なんと「霊界探訪」まで出来てしまうとは、本当に凄いですね。それと、霊界側の方の配慮があって、こうして、みなさんに紹介できるようにしてくださっているんでしょうね。)

 

 私は、このやり取りを知ることになったのは、しばらく後になってからでしたが、叔母が救われた時、私に会いに来てくれたようで、「救われた、救われた」という思いがこみ上げて、涙がポロポロとこぼれ落ちたのでした。

 平原綾香さんが歌っている、Jupiterという曲があります。その中で、「愛を学ぶために孤独があるならば、意味のないことなど起こりはしない……。」という歌詞がありますが、ちょうどこの出来事は、カラオケボックスにいるときで、その曲のその部分が流れた時のことです。それは、たんなる偶然の一致ではないと思っています。

 

 だって、「意味のないことなど起こりはしない。」と教えてくれているのですから。