子供の頃の心霊遊び

 子供の頃に流行った心霊遊びというと、やはり、こっくりさん(狐狗狸さん)だと思います。たしか私が小学生の頃に、友人のお姉さんとかがやっていたみたいですね。

 いろいろな呼び方があるそうですが、霊との会話を試みるために2~3人で行う降霊術の一つのように紹介されています。

 わざわざキツネなどの低級霊を呼び寄せるということですけど、私はキタキツネには親しみを感じますが、今までキツネからアドバイスをもらおうと思ったことはないです・・・。

 私が中学生になるころまで女子のあいだで流行っていたようですが、指が勝手に動いたりすることでキャーキャー騒いでいたのを思い出します。(懐かしいです)

 私はこっくりさんによって、実際に霊に取り憑かれたという人を見たことがないので何とも言えませんが、低級霊を呼び寄せるという目的であることから、やるべきではないと思っています。

 そのような目的や動機などの思念は、目には視えませんが霊界側からみると、はっきりとした形を持っていることを知ってほしいと思います。

 そしてそのことが、良い影響を与えることはないでしょうから。

 


 私がやった遊びとは、テレパシー実験です。これは、協力してくれる人と2人でやるものですが、みんなの前でやるときもあったので、立ち会う人も含めてけっこうな人数になることもありました。

 

 テレパシーは、精神観応とも言うそうです。私が中学生の頃にやった遊びなので、時間はあってもお金がかからない方法を工夫してやっていました。

 また、テレパシー実験といっても、数ある物の中から相手が選んだのはどれかを当てるゲームのようなもので、まさに遊びの延長でした。

 

  用意する物は、消しゴムや鉛筆、定規のようなそれほど大きくない、二つ一組にしたものを数種類、用意します。(本当は、ESPカードでやりたかったのですが、値段が高すぎて諦めました。)

 

 そして、お互いテーブルをはさんで向かい合って座ります。さきほど用意した小物を、それぞれ一つずつ自分の前に並べていきます。この時大事なことは、お互いにテーブルの上に、それぞれの小物が見えないようにしてから並べます。そのために、仕切りなどを作って工夫しました。

 (目で追えばわかってしまうので、小物の並べ方は双方でバラバラにしてました。)

 

 やり方は送信者役と受信者役を決めます。まず送信者は、小物のうちのどれかを選んで頭に想い浮かべます。そして、「送ります」と言って、その思念が自分の頭から体を通っていって、さらに今度は相手の体から相手の頭へと入っていくイメージを持ちます。

 受信者の方は「送ります」と聞いたら、相手の思念が相手の体から自分の体の中を通って入ってきて、それが自分の頭に入ってくるイメージを持ちます。

 この時、送信者が選んだ小物がわからない時は、「わかりません」と素直に言います。もしも受信者の方が、相手の思念を受け取った場合は「受け取りました」と言って、「せーの」の掛け声で、お互いに選んだものを取り上げ見せ合います。

 こうして「当たったのか?外れたのか?」が、わかるというわけです。

 


 もしも、やる方がいるのならですが、最初は4種類くらいから始めるといいかもしれません。

(あまり当たらないと、やる気がなくなると思うので……。)

 この遊びをするために、私とパートナーを組んだ友人は、やはり、霊界のことに興味をもっている(当時は)男の子でした。

 初日こそ4種類くらいのものを当てるのに、7割くらいしか当たりませんでした。しかし2日目には、10回やっても10回当てられるようになったので、回数を重ねるたびに、6種類、8種類、10種類と小物の数を増やしていきましたが、全部当たるようになりました。

 しかも、送信者役と受信者役を入れ替えても出来るので、学校でみんなの前でやってみようといことで、実際にやってみました。

 

 結果は当然、出来るのです。全部当たってしまうのでクラスの男子なんかは、トリックを暴いてやると意気込んで、机と机との距離を離してそこで置かれたものを、さらに他の男子が選ぶからやってみろと言うのです。

 結果は当然ですが、当たりました。私も友人も、すでに「感で当てているのではない」ということがわかっていました。そこで私はパートナーの友人に、何故わかるのか?聞いてみましたが、「わかるんだけど、ウーン……。」ということでした。私もわかるんだけど、何故?わかるのかがわからない……としか言えませんでした。

 

 遊びの一つとして紹介しているので、このことに、これ以上深入りしませんが、私と友人の場合は一本のパイプを通して、思念が行き交えることを何ら疑問に思わずに、誰もがみんな当たり前に出来ることだと思っていました。

 そして、言葉で受け取ってわかるものではなくて、相手の思いを思いのままで受け取るので、他の人には説明のしようがないのです。

 

 それからしばらくたって、みんな出来ることだろうと思ってたし、お互いに飽きたので、2度とこの遊びをすることはありませんでした。

 それとみんな思春期だったので、異性に興味があったし、何よりもファミコン(家庭用テレビゲーム)全盛期だったので、とうぜん、私も友人もそっちに流されていきましたよ……。

 

 今考えると、「何の疑いも失敗の不安もなく、そして、結果や見返りも考えないで素直に出来ると思える」なんて、とても素晴らしいことです。

 

 今はどうかというと、その友人との付き合いがないのでそれを試すことは出来ませんが、もう無理だと思いますよ。だって、もう、ずいぶんと心を汚して生きてきてしまいましたから……。

 

 子供の頃のように心が純粋できれいだったら良かったのですが、そうはいかないものですね。