ベールの彼方の生活(三)

「天界の政庁」篇


一章 天使による地上の経綸

7 ″後なる者、先になること多し″

                       一九一七年十一月十五日 木曜

 吾々が地上時代を送っていた時代には″霊的真理の道を選んだ者はすぐに後悔するが最後には必ず勝利を得る″と言われたものです。それを身をもって証明した者が少なくとも吾々の霊団の中にも幾人かいます。視野をこの短い地上的時間に縛られることなく、限りない永遠性に向けていたからでした。

 今この天界より振り返り、これまでの旅路を短縮して一枚の絵の如く平たく画いてみると、そのカンバスでとくに目立った点が浮き彫りにされ、そこから読み取れる教訓に沿って未来のコースを定めることも可能です。

 

 それにしても、天界の光に照らし出されたその絵は、かつて吾々がその最中において悪戦苦闘した時に想像していたものと何という違いであろう。そこで貴殿に忠告しておくが、人生全体と日々の暮らしを形作っているさまざまな要素の価値判断において余りに性急であってはならないことである。

 今にして思えば、当時吾々が携わった仕事が偉大であったのは全体として見た場合のことであって、一人ひとりの役割に目を向ければ実にささやかなものであり、大切だったのは個々の持ち前ではなく、それに携わる動機のみであったことが判る。というのも、一個の偉大な事業のもとに参加する者が多ければ多いほど、それだけ存在価値も分散し、役割分担が小さくなっていくのが道理だからです。重要なのは根気よくそれに携わる動機である。

 事業全体としての趣旨は人類のためであり、一人一人がその恩恵に浴するが、その分け前はいたって僅かなものです。しかし一方、動機が気高くさえあれば、世間がそれをどう評価しようと問題ではない。人生という闘争の場において自分に最もふさわしい役割を与えられたのであるから。

 

―――何だかややこしくなって来ました。好い例を挙げて説明していただけませんか。

 

 例ならば幾らでもあります。では一つだけ紹介しよう。

 

 地上の言い方をすれば″何年も前″のことになるが、靴直しを生業としていた男が地上を去ってこちらへ来た。何とか暮らしていくだけの収入があるのみで、葬儀の費用を支払った時は一銭も残っていなかった。こちらで出迎えたのもほんの僅かな知人だけだったが、彼にしてみれば自分ごとき身分の者を迎えにわざわざ地上近くまで来て道案内をしてくれたことだけで十分うれしく思った。
 案内された所も地上近くの界層の一つで、決して高い界層ではなかった。が今も言った通り彼はそれで満足であった。と言うのも、苦労と退屈と貧困との闘いのあとだけに、そこに安らぎを見いだし、その界の興味深い景色や場所を見物する余裕もできたからである。彼にとってはそこがまさに天国であり、みんなが親切にしてくれて幸福そのものだった。

 

 ある日のこと―――地上的に言えばのことであるが―――彼の住まいのある通りへ一人の天使が訪れた。中をのぞくと彼は横になって一冊の本をどこということなく読んでいる。その本は彼がその家に案内されてここがあなたの家ですと言われて中に入った時からそこに置いてあったものである。天使が地上時代の彼の名前を―――何と言ったか忘れたが―――を呼ぶと彼はむっくと起き上がった。

 

 「何を読んでおられるのかな」と天使が聞いた。

 

 「別にたいしたものじゃありません。どうにかこうにか私にも理解できますが、明らかにこの界の者のための本ではなく、ずっと高い界のもののようです」と男は答えた。

 

 「何のことが書いてあるのであろう?」

 

 「高い地位、高度な仕事、唯一の父なるのために整然として働く上層界の男女の大霊団のことなどについて述べてあります。その霊団の人々もかつては地上で異なった国家で異なった信仰のもとで暮らしていたようです。話しぶりがそれを物語っております。しかしこの著者はもうこの違いを意識していないようです。長い年月の修養と進化によって今では同胞として一体となり、互いの愛情においても合理的理解力においても何一つ差別がなくなっております。

 目的と仕事と願望において一団となっております。こうした事実から私はこの本はこの界のものではなく、遥か上層の界のものと判断するわけです。その上この本には各霊団のリーダーのための教訓も述べられているようです。と言うのは、政治家的性格や統率的手腕、リーダーとしての叡知、等々についての記述もあるからです。それで今の私には興味はないと思ったわけです。遠い遠い将来には必要となるかもしれませんけど・・・。一体なぜこんな本が私の家に置いてあったのか、よくわかりません。」

 そこで天使は開いていたその本を男の手から取って閉じ、黙って再び手渡した。それを男が受け取った時である。彼は急に頬を赤く染めて、ひどく狼狽した。その表紙に宝石を並べて綴られた自分の名前があるのに気づいたからである。戸惑いながら彼はこう言った。

 「でも私にはそれが見えなかったのです。今の今まで私の名前が書いてあるとは知りませんでした。」

 

 「しかし、ご覧の通り、あなたのものです。と言うことはあなたの勉強のためということです。いいですか。ここはあなたにとってホンの一時の休憩所に過ぎないのです。もう十分休まれたのですから、そろそろ次の仕事に取りかからなくてはいけません。ここではありません、この本に出ている高い界での仕事です」

 

 彼は何か言おうとしたが口に出ない。不安の念に襲われ、しり込みして天使の前で頭を垂れてしまった。そしてやっと口に出たのは次の言葉だった。「私はただの靴職人です。人を指導する人間ではありません。私はこの明るい土地で平凡な人間であることで満足です。私ごとき者にはここが天国です。」


 そこで天使がこう語って聞かせた。 

 

 「そういう言葉が述べられるということだけで、あなたには十分向上の資格があります。真の謙虚さは上に立つ者の絶対的な盾であり防衛手段の一つなのです。それにあなたは、それ以外にも強力な武器をお持ちです。謙虚の盾は消極的な手段です。あなたにはあの地上生活の中で攻撃のための武器も強化して鋭利にしておられた。たとえば靴を作る時あなたはそれをなるべく長持ちさせて貧しい人の財布の負担を軽くしてあげようと考えた。設ける金のことよりもそのことの方を先に考えた。それをモットーにしておられたほどです。そのモットーがあなたの魂に沁み込み、あなたの霊性の一部となった。こちらではその徳は決してぞんざいには扱われません。

 その上あなたは日々の生活費が逼迫しているにも拘らず、時には知人宅の収穫や植えつけ、屋根ふきなどを手伝い、時には病気の友を見舞った。そのために割いた時間はローソクの明りで取り戻した。そうしなければならないほど生活費は困っておられた。そうしたことはあなたの魂の輝きによってベールのこちら側からことごとく判っておりました。と言うのも、こちらの世界には、私たちの肩越しに天界の光が地上生活を照らし出し、徳を反射し、悪徳は反射しないという、そういう見晴らしがきく利点があるのです。ですから、正しい生活を営む者は明るく照らし出され、邪悪な生活を送っている者は暗く陰気に移ります。
 このほかにも、あなたの地上での行為とその経緯(いきさつ)について述べようと思えばいろいろありますが、ここではそれを措いておきます。それよりもこの度私が携えてきたあなたへのメッセージをお伝えしましょう。実はこの本に出ている界に、あなたの到着を待ちわびている一団がいるのです。霊団として組織され、すでに訓練も積んでおります。その使命は地上近くの界を訪れ、他界してくる霊を引き取ることです。新参の一人ひとりについてよく観察して適切な場を選び、そこへ案内する役の人に引き渡すのです。もう、いつでも出発の用意ができており、そのリーダーとなるべき人の到来を待つばかりとなっています。さ、参りましょう。私がご案内します」

  それを聞いて彼は跪き、額を天使の足もとにつけて涙を流した。そしてこう言った。「私にそれだけの資格があれば参ります。でも私にはとてもその資格はありません。それに私はその一団の方々を知りませんし、私に従ってくれないでしょう」

 すると天使がこう説明した。「私が携えてきたメッセージは人物の選択において決して間違いを犯すことのない大天使からのものです。さ、参りましょう。その一団は決してあなたの知らない方たちではありません。と言うのは、あなたの疲れた肉体が眠りに落ちた時、あなたはその肉体から抜け出て、いつもその界を訪れていたのです。そうです。地上にいる時からそうしていたのです。
 その界においてあなたも彼らと一緒に訓練をなさっていたのです。まず服従することを学び、それから命令することを学ばれました。お会いになれば皆あなたのご存知の方ばかりのはずです。
 彼らもあなたをよく知っております。大天使も力になってくださるでしょうから、あなたも頑張らなくてはいけません」

 そう言い終わると天使は彼を従えてその家をあとにし、山へ向かって歩を進め、やがて峠を超えて次の界へ行った。行くほどに彼の衣服が明るさを増し、生地が明るく映え、身体がどことなく大きく且つ光輝を増し、山頂へ登る頃にはその姿はもはやかつての靴直しのそれではなく、貴公子のそれであり、まさしくリーダーらしくなっていた。

 

 道中は長引いたが楽しいものであった。(長引いたのは本来の姿を穏やかに取り戻すためであった)そしてついに霊団の待つところへやって来た。ひと目見て彼には彼らの全てが確認できた。出迎えて彼の前に整列した彼らを見た時には、彼にはすでにリーダーとしての自信が湧いていた。各自の目に愛の光を見たからである。