シルバー・バーチの霊訓(十一)

三章 心霊治療(前編)


 ―――霊的覚醒のための手段  (※長文のため、前編と後編に分けています。)

 無限なる叡智と愛を具えた大霊は、医学によって〝不治〟の宣告を受けいれた人たちにもう一度チャンスを用意してくださっております。
 大切なのは魂の琴線に触れることです。そのとき霊の力が、それまで有るか無いかの状態で明滅していた神性の火花を美しい大きな炎と燃え上がらせ、潜在する霊的エネルギーを活気づけ、それが身体の病を治し、精神に教訓を学ばせ、霊的本性を開発させるのです。それが首尾よく行われた時は、治療家はその貢献の栄誉を授かったことを大霊に感謝すべきです。


 もしも身体は治っても魂を目覚めさせることまでに至らなかった時は、それは残念この上ないことです。その患者は霊的真理に目覚めるチャンスを目の前にしながら、それを手にすることができなかったことを意味するからです。いずれにせよ治療家は精一杯の努力をして、霊力が存分に流入し神の意志が届けられるようにすることです。


 すべての魂が受け入れる用意ができているとはかぎりません。それはあり得ないことです。治療家のもとを訪れる患者のすべてが治せるわけではありません。が、もしも絶望視されていた患者に何らかの改善が見られたら、それは、いやしくも思考力と理性とを具えた人間にとって、物質よりはるかに勝る力が働いたことを示す明確な証拠というべきです。


 起源においても本質においても霊的であるその治癒力は、今日の地上界へ流入している大切なエネルギーの一つです。地上界は今とても病んでおります。あまりに多くの人が調和の乱れた生活環境が生み出すストレスと不自然さによって病気になっております。
 みずから〝文明〟と呼んで誇っているものが実は、本来ならエネルギーを供給してくれる大自然から人間を絶縁させているのです。

 そのために人間のバッテリーである魂が枯渇しており、それを霊の力によって再充電してあげなくてはならないわけです。それが功を奏してバッテリーが働きはじめると、身体と精神と霊との間に調和がもどります。それが健康です。神はその無限の叡智によって、人体の骨格およびその関連器官を、霊の自然治癒力が働くようにこしらえてあるのです。

 その身体と精神と霊という三位一体の関係が乱れた時に病気になるのです。健康とは全体の調和状態のことです。

 では治療家がその治癒エネルギーの通路となると、どういうことが起きるのか。生命力、すなわち霊の力が治療家を通って患者に流入し、その魂と接触をとり、さきほど述べたバッテリーを補給し、原因はともあれ、乱れてしまった調和を取り戻させるのです。

 心霊治療の肝要な点は、治療家自身が苦痛を体験していて、訪れる人々に対する思いやりの心が培われていることです。それが摂理の働く唯一の道なのです。
 ここにお集まりの方のどなたよりも永い人生を生きてきた私は、今なお、全存在を包摂する宇宙的摂理を考案した大霊の無限の叡智に感嘆させられることばかりなのです。

 平穏の有難さが分かるのは嵐の中においてこそです。晴天の気持ちよさが分かるのは雨の日があるからです。このようにすべてが両極の原理で成り立っているのです。もしも全体が光ばかりだったら、光の有難さは分かりません。そうした違いが分かり自然の摂理の素晴らしさが分かるのは、そのコントラスト、比較対照の原理のお陰です。

 そこで苦しみがあるのです。苦しみの中において霊性が目を覚まし、その結果として治病能力が開発され、自分のもとを訪れる人の苦しみも分かるのです。

 このサークルへご招待する〝霊の道具〟(心霊治療家)のすべての方に申し上げていることは、明日のことを思い煩ってはいけないということです。治すべき患者はちゃんと導かれてまいります。
 自分から出歩いて〝私は治療家です。どなたか治してほしい方はいませんか〟などと触れて回る必要はありません。霊界からの働きかけはそういう方法は取りません。

 治療してあげて、取りあえず身体上の痛みや症状が消えれば、それはそれなりに結構なことです。が、それよりさらに一歩踏み込んで、そうした変化が何を意味しているかを患者が理解してくれれば、なお結構なことです。

 その段階から患者の霊性が目を覚まし、真の自我を知り、地上に生まれてきた目的を成就しはじめることになります。そこが大切な点です。症状が取れれば、それはそれなりに結構です。が、霊的実在に目覚めることになれば、なおいっそう結構なことです。