23章 さまざまな疑問に答える


〔シルバーバーチの交霊会ではサイキック・ニューズ紙の編集部に寄せられた悩み事や質問が読み上げられて、それにシルバーバーチが答えるということが集中的に行われることがある。その中から幾つかを拾って紹介する〕

 

自殺の問題

〔まず最初は、愛する伴侶を失って悲嘆に暮れている女性から、いっそ死んでしまいたいという気持を綴った手紙が読み上げられ、司会者が代わって質問する〕

――この方のように最愛の伴侶に先立たれて生きる希望を失った人が、自ら命を断つということは許されるものでしょうか。

許されません。因果律という摂理の働きは完璧ですから、それに忠実に生きなければなりません。摂理というのは完全なる愛である大霊によって統制されており、全ての中に存在すると同時に全てのものを通して働いております。その働きに干渉する権利を有する者はいません。もしも干渉して自殺すれば、それなりの代償を支払わねばなりません。

例えば熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、寿命をまっとうせずに無理やりに霊界へ行けば、長い調整期間の中でその代償を支払わねばならなくなります。その上、その伴侶はもとより、他の縁ある人々とも会えなくなります。(利己的な波動によって)周囲にミゾをこしらえてしまうからです。

〔この質疑応答は翌週のサイキック・ニューズ紙に掲載され、それを読んだ当の女性から次のような礼状が届いた〕

「司会をされた方がシルバーバーチ霊に礼を述ベてくださったかどうか存じませんが、こんなに早く、そしてこんなに明快に回答していただいたことに、どうか“後に遺された者”からの感謝の気持をお伝えねがえませんでしょうか。正直に申して、回答を読んだ時は暗たんたる気持になりましたが、今ではお言葉に従って、霊界からお呼びがかかるまで力の限り生き抜く覚悟を決めております」

 

安楽死は許されるか

〔安楽死についてはスピリチュアリズムの内部でも賛否両論がある。回復の見込みなしと診断された患者を苦痛から少しでも早く解放してあげるために安らかに死なせてあげることは許されるはずだという意見と、霊的治療によって奇跡的に回復する例がある以上は、それは無謀だという意見とがある。シルバーバーチにその是非をただしてみた〕

――回復の見込みのない患者を安楽死させる権利を医者に与えるべきだという意見がありますが、どう思われますか。

まず申し上げておきたいのは、全ての生命は大霊のものだということです。身体が衰えて霊がその身体から解放される時が到来すれば、自然の摂理に従って死を迎えます。

――それを医学的処置によって引き延ばすことは正しいことでしょうか。

間違ってはいません。

――たとえそれによって苦しみも長引かせることになってもでしょうか。

そうです。ただし、忘れてならないことが一つあります。死すべき時が来れば必ず死ぬということ、そして、地上界のいかなる手段をもってしても、その摂理だけは変えられないということです。

――安楽死させることでその患者の死後ないしは来世(次の地上生活)での苦難が大きくなるということはあるでしょうか。

そういうことはありません。霊的準備の出来ていない魂にショックを与え、それが悪影響を及ぼすのです。その悪影響から脱する過程で、もしそういう死に方をしなかったら不要だったはずの調整がいろいろと生ずるのです。

――人間には寿命を長引かせる力は具わっているのでしょうか。

そういう目的で努力する――それは間違ってはいません。ですが、霊が地上界を去る時期が来れば、為す術はありません。

――と言うことは、生き長らえさせるための努力は結局はムダに終わるということでしょうか。

そういうことです。その証拠に、あなたのおっしゃる医学的処置によって寿命を幾らかでも引き延ばすことは出来ても、結局はみんな死んで行くではありませんか。

――でも、少しの間でも生き長らえます。

患者の身体が反応すればのことです。例えば酸素吸入という方法があります。ですが、霊界へ行く準備が整えば、医師にも施す手段はありません。

――死期が決まっていて、魂に準備が整った時に霊界へ行くことになっているのであれば、なぜ人間の寿命が少しずつ延びているのでしょうか。

地上人類も進化しているからです。物的な要素が霊的なものを決定づけるのではありません。霊的な要素が物的なものを決定づけているのです。

 

産児制限(避妊)は是か非か

〔子供が出来ないようにする“避妊”と、母胎に宿った胎児を中絶する“堕胎”は別であるが、両者とも絶対に許されないことであろうか。何を基準に判断したらよいのであろうか〕

――霊界側では避妊をどう見ているのでしょうか。

人間には自由意志と善悪を判断する道義心(良心)が与えられています。避妊の問題も最後は「動機は何か」に帰着します。「なぜ避妊するのか」――これをじっくり反芻(はんすう)してみることです。大切なのは動機です。それ以外にはありません。

――生命の誕生を制限するということは摂理に反するのでしょうか。

一個の霊が一対の夫婦を通して生まれることになっていて、万一それが避妊によって阻止された場合は、避妊をしない夫婦を通して生まれてきます。摂理は絶対です。その者の霊的進化にとって新しい生命の誕生が不可欠である場合は、阻止しようとしても必ず生まれてきます。そのように望むようになるからです。

――ということは、かりに私のもとに子供が生まれてくる運命になっている時は、子供が欲しいと思うようになるということでしょうか。

そういうことです。あなたの進化の途上において新しい生命の誕生がもたらす影響を必要とする段階に達したからです。

――それは当然、次元の高い進化ということでしょうね?

次元の問題ではありません。明確にしておかねばならないのは、性的快楽のみを求め、子供は邪魔だという考えから避妊するのは、私は賛成しないということです。動機が下卑た利己主義だからです。

――生まれて来る子供にとっても良くないから、という考えはどうでしょうか。

それが動機ということにならないでしょうか。全てのことに動機が問われます。摂理はごまかせません。行為の一つ一つ、想念の一つ一つ、願望の一つ一つが、あなたの魂に刻み込まれるのです。霊の目には歴然と読み取れます。地上界でのそうした行為に関わる動機が、霊界では赤裸々にさらされるのです。

――霊は受胎後どの時点で胎児に宿るのでしょうか。

納得できない方が多いであろうことを承知の上で申し上げますが、精子と卵子とが結合してミニチュアの形で個体が出来上がった時から、その霊にとっての地上生活が始まります。

――知能に欠陥がある場合は地上生活がムダになってしまいます。その欠陥が遺伝的である場合には断種(不妊手術)ということが考えられますが、霊界側ではどう見ているのでしょうか。

私はもとより、宇宙のいかなる存在も、生命の原理を変えることは出来ません。一個の魂が物質界に誕生する段階が来ればかならず誕生します。なぜかとお聞きになるでしょう。そこで私は“再生”との絡み合いを説くのです。それが理由です。

 

動物ヘの虐待行為

〔摂理を侵しておいて「知らなかった」では済まされない。人間あるいは動物に無謀な痛みを与えることは摂理に反しており、いかなる言い訳をしてもその代償から逃れることは出来ない。以下は動物実験についての質疑応答である〕

――動物実験がますます増えておりますが、どう思われますか。これを中止させようと運動している団体もありますが、霊界からの援助もあるのでしょうか。

人のためになる仕事をしようと努力するとき、そこに必ず霊界からの援助があります。大霊の創造物に対して苦痛を与えることは、いかなる動機からにせよ許されません。ただ、動物実験をしている人の中には、人類のためという一途な気持から一生懸命のあまり、それが動物に苦痛を与えていることにまったく無神経な人がいることも忘れてはなりません。しかし、罪は罪です。

――でも、あなたは動機がいちばん大切であると何度もおっしゃっています。人類のためと思ってやっても罰を受けるのでしょうか。

動機はなるほど結構なことかも知れませんが、摂理を曲げるわけにはいきません。実験で動物が何らかの苦痛を受けていることが分からないはずはありません。それでもなお実験を強行するということは、それなりの責務を自覚しているものと見なされます。動機は人類のためということで結構ですが、それが動物に苦痛を与えているのです。そうした点を総合的に考慮した上で判断が下されます。いずれにせよ、私としては苦痛を与えるということには賛成できません。

――動物は人類のために地上に派遣されてきているのでしょうか。

そうです。同時に人類も動物を助けるために来ているのです。

――動物創造の唯一の目的が人類のためということではないと思うのですが。

それはそうです。人類のためということも含まれているということです。

――動物の生体解剖は動機が正しければ許されますか。

許されません。残酷な行為がどうして正当化されますか。苦痛を与え、悶え苦しませておいて、何が正義ですか。それは私たちの教えとまったく相容れません。無抵抗の動物を実験台にすることは間違いです。

――動物を実験材料とした研究からは、例えばガンの治療法は発見できないという考えは、その通りでしょうか。

摂理に反した方法からは正しい治療法は生まれません。人間の病気にはそれぞれに治療法が用意されています。しかしそれは、動物実験からは発見できません。

――そうした惨(むご)い実験を見ていながら、なぜ霊界から阻止していただけないのでしょうか。

宇宙が自然法則によって支配されているからです。

 

霊界からの指導の実際

〔シルバーバーチは自分のことはあまり言いたがらないが、自分と同じスピリチュアリズムに携わる指導霊一般については、いろいろと語ってくれている。その中から幾つか拾ってみた〕

――指導霊は世界中で働いているのでしょうか。

もちろんです。ですが、試行錯誤の末にどうにか継続しているというのが実状です。その原因は、せっかく目星をつけた霊能者がどこまでこちらの期待に応えてくれるかは、前もって判断できるとは限らないからです。最後の段階で堕落して使いものにならず、何十年にもわたる努力が水の泡となることがあります。ですが、物質界の至るところで、こちらからの反応に応えてくれる人間を見出して働きかけている霊が大勢います。

――人類の進歩のために働いているのでしょうか。

物質界の進歩のために役だつ仕事の背後には、それに拍車をかけて発展させようとする霊団がつきます。善を志向する努力が何の反応も得られないということは決してありません。人類を向上させたい、人類の役に立ちたい、大霊の子の不幸を軽減してあげたいと思う霊が待機しております。

――政治体制の異なる国々、例えば民主主義の国と独裁主義の国で働いている指導霊の関係はどうなっているのでしょうか。

あなた方は、本来は言葉を道具として使用すべきところを、逆に言葉の奴隷になっていることがよくあります。私たちは大霊の真理を、それが人間を通して顕現することを目的として説いているだけでして、どの国の誰といった区別は致しません。うまく行くこともあれば手こずることもありますが、手にした道具で最善を尽くすしかなく、その能力は千差万別です。その際、民主主義とか独裁主義といったラベルは眼中にありません。どれだけ役に立つかということだけです。

――その際、積極的な働きかけを受けている人物がそれに気づかないということがあるでしょうか。

大いにあります。その事実を知ってくれる方が、知らないままでいるよりも効果が上がります。

――霊力が出しやすくなるのでしょうか。

その人物とのコンタクトが親密になるのです。知らずにいるよりは知っている方が良いに決まっています。光が得られるというのに暗闇にいたがる人がいるでしょうか。泉があるのに、何ゆえに渇きを我慢するのでしょう?

――(シルバーバーチとバーバネルとの関係がそうであるように)指導霊が一人の霊媒の専属となっているケースが多いのはなぜかという質問をよく受けるのですが……

そういう質問を聞くと、私たちがこうして交霊会を催すに当たって駆使する複雑な方法や手段がいかに理解されていないかが分かります。この霊媒(バーバネル)を通して使命を果たすために私が何十年にもわたって準備したことは、ここにお出での皆さんはよくご存じのはずです。誰かの要望にお応えして別の霊媒を一から養成するなどという愚かなことは致しません。

――霊媒の中には能力を十分に発揮できずに、精神的ないしは神経的におかしくなっている人がいるのは、何が原因でしょうか。

身体と精神と霊の三つが調和して働いていないからです。

 

催眠術のメカニズムと危険性

――催眠術は研究の対象とするに値するものでしょうか。

術師が善意の人で、自分の能力を役立てたいという願望から発しているのであれば問題ないでしょう。催眠術というのは魂の隠れた能力のほんのうわべを軽くたたいている程度のものに過ぎません。

――その隠れた能力というのは何なのでしょう?

私のいう内在する大霊と同じものです。内部に潜む霊力を発揮すれば克服できない困難はないと申し上げている、その霊力です。これは、本来は日常生活での高潔な心がけと滅私の行いによって霊性を高めることで発揮すべきものです。俗に堕するほど、反応するバイブレーションも低くなります。反対に自己犠牲の要素が高まるほど、反応するバイブレーションも高まり、内部の神性が発揮されるようになります。

――その内部の神性というのは、それ自体が独立した思考と行動をする別個の存在でしょうか。

違います。今あなたがその物的身体を通して表現している精神の質によって条件づけられております。通常の地上生活を送っている場合のことです。それが催眠状態になると違ってきます。催眠術師はいわば看守のようなもので、牢のカギを開けて囚人を解き放つ役をしていると思えばよろしい。術師が正しい意図のもとにそうするのであれば神性を刺激することになるので、良いことをしていることになります。が、神性とは反対の獣性を刺激することもあり得ます。いずれにしても地上時代に発揮する意識は、死後に発揮していく大きな自我のほんの一部に過ぎないことを知っておいてください。

――そういうことを聞かされると、いささか不満の念を禁じ得ませんね。

そうでしょう。でも、不満に思うことは結構なことです。うぬぼれから生じる満足は進歩の敵です。

――霊媒能力を発達させる手段として催眠術を活用することは可能でしょうか。また、あなたはそれを奨められますか。

それは、これまでも試みられて来たことです。が、いったん指導霊が付くと地上の催眠術師の出番はなくなります。その種の力を霊媒が受けつけなくなります。その意味で霊媒現象には奨められません。最初から交霊会でスタートして徐々に霊力の影響を受けて行く方がよいと思います。

――催眠術を霊能発揮の近道とは見ておられないわけですね?

もちろんです。この道に“近道”はありません。これは霊とその能力に関わることです。それが今日の段階まで発達するのに何百万年も掛かっているのです。これまで地上世界に不幸が絶えないのは、霊的な側面を無視してきたからです。霊に関わることは慎重な養成とゆっくりとした成長が肝心です。

 

霊と魂

――人間の物的身体をコントロールしている魂はどこに位置しているのでしょうか。

どこそこにということは言えません。これが魂ですと言える性質のものではないのです。科学者は肉体を解剖すれば発見できるはずだとか、静脈を通って流れているに違いないとか、どこかの臓器から分泌されているのだろうなどと考えているようですが、魂は肉体のどこそこにあると言える性質のものではありません。

――でも肉体の内部にあることは間違いないでしょう?

魂は内部にあるとか外部にあるとか言える性質のものではありません。空間的な“場”をもつものではないのです。魂とは意識のことです。身体という“もの”に制約されるものではありません。無限の広がりをもつと同時に、進化の極地にまで存在するものです。霊的身体で遠隔の地にまで至る時、意識はどこにあるのでしょう? そう言うとあなた方は地上の距離感覚で想像なさることでしょうが、私たちにはそういう面倒がありません。魂に空間はありません。私たちの意識(魂)は意思のおもむくままに、どこででも機能します。

――「魂」(ソウル)と「霊」(スピリット)はどう違うのでしょうか。

私自身はどう呼ぶかはこだわりません。地上の字引は私がこしらえたわけではありません。私のいうソウルとは内部に潜在する大霊のことです。スピリットとはそれが顕現するための媒体です。が、用語は使う人によって別の意味に使われるものです。

――“顕現の媒体”という表現はさておいて、霊の本質は何なのでしょうか。

大霊、あなた方のいうゴッドの一部で、次々と身体(媒体)を替えながら、無限の向上を続けて行く存在です。それは媒体を通して顕現して初めて存在が知れるもので、顕現しない状態の霊について叙述することは不可能です。

――コンシャンス(良心・道義心)とは何でしょうか。

正しいことと間違ったこととを見分ける魂の感覚のことです。自分の霊的進化にとってどちらが好ましいかを計るバランス感覚と言ってもよろしい。魂の指針です。

 

オーラとは

――オーラとは何ですか。

オーラは身体が発するバイブレーションによって構成されています。一口にオーラと言っても種類が多いのですが、地上世界で知られているのは肉体と霊体が発するオーラです。厳密に言うとオーラを出していないものはありません。意識のない物体でも出しています。身体から出るオーラはその身体の状態を反映していますから、オーラもさまざまに変化しています。オーラが見え、その意味が読み取れる人は、その人物の秘密が全て分かるわけです。健康状態も分かりますし、魂の状態、精神の発達状態も分かります。魂の進化の程度も分かります。オーラが、開いた本のように、何もかも読み取らせてくれます。

またオーラにはあなたの言ったこと、思ったこと、行ったことが全て刻み込まれていますから、それが見える人にとっては、見かけのあなたではなくて、本当のあなたが分かるわけです。

――霊体のオーラも含まれているわけですね。

そうです。肉体のオーラは健康状態とか気性とか習性などに関連したものが多く出るということです。そうしたもの全てがそれなりの色彩を帯びています。

 

幽霊とは

――修道院の回廊を何者かが歩き回る音のする幽霊話がよくありますが、あれは何でしょうか。

幽霊話には霊のしわざによるものもありますが、今おっしゃったようなケースは、地球のエーテル層に刻み込まれた像が想念の波動を受けて一人歩きをしているものです。しかし、一般に幽霊が出たという場合は、いわゆる地縛霊のしわざです。

 

時間は実在するか

――時間は実在するのでしょうか、人工の産物でしょうか。

人工の産物ではありません。時間にも幾つもの次元があります。時計で計っているのは人間がこしらえたものですが、時間そのものは実在します。空間も実在です。ただ、人間が計る時間と空間は焦点が限られているので正確ではないというまでのことです。他の要素を採り入れるようになれば焦点が実在に近づきます。

 

知能障害と罪悪

――脳に障害があるために霊的自我の欲求とは正反対の行動に出ることがあり得ますか。

あり得ます。精神病患者の場合がそうです。が、この場合は魂の進化を阻害することはありません。機能障害のために物質界での表現が阻害されているだけです。魂の進化と、その地上生活での表現とは別であることを考慮しないといけません。

 

憑依の原因

――邪悪な人生を送った者が死後もまったく良心の呵責を感じないということがありますか。

よくあることです。何百年、時には何千年もの間そのままということが少なくありません。

――そういう霊が地上の人間に取り憑くということがありますか。

ありますが、両者の間に親和関係(因縁)がある場合に限られます。憑依現象というと一方的に霊の側に責任があるかに考えられがちですが、実際は地上の人間の方に原因があることを知らないといけません。憑依されるような条件を用意しているのは人間の方なのです。調和の取れた生活、正しい心がけと奉仕の精神にあふれた生活、我を張らず、欲張らず、独りよがりにならない生活を心掛けていれば、憑依現象は絶対に起きません。

 

植物に意識はあるか

――花などの植物一般にも意識があるのでしょうか。

ありますが、あなた方のいう意識とは違います。地上ではまだ知られていない種類のバイブレーションに反応する感覚をそなえています。霊感の鋭い人の中にはそのバイブレーションを偶然にキャッチして、花とか野菜などの植物に関して新しい分野を切り開いている人が少なくありません。

 

占星術は当てになるか

――占星術というのは当てになるのでしょうか。

宇宙間のあらゆる存在物は振動しており、その波動が絶え間なく外部へ向けて放たれています。その波動は何らかの影響力を持ち運んでおります。そうしたバイブレーションの働きにも法則がありますから、それを知ることは役に立つでしょう。

――霊的メッセージと占星術による予言との間に共通するものがありますが、何か関係があるからでしょうか。

真理の顕現の仕方は無限です。真理とは大霊のことだからです。ただ、それが顕現する媒体である人間の進化の程度によって違ってきます。真理の理解は純真で単純素朴な心境にならないと得られません。難解な用語や新しい造語で解説しなくてはならないものは真理ではありません。それは往々にして「無知の仮面」に過ぎないことがあります。