13章 霊界通信の難しさ


〔シルバーバーチの交霊会にたびたび出席しているメンバーは、その巧みな話術、当を得た例え話、間髪を入れない即妙の返答、そして淀みなく流れ出る名調子の英語に感嘆するのが常であるが、そこに至るまでには霊媒のバーバネルを相手とした、人間界とは異質の霊的な苦労があったという。その苦労話を語ってくれた本章は、霊媒という仕事に携わる者にとっての良きアドバイスとなるであろう〕

あなた方の住む物質界は活気がなく、どんよりとしています。あまりに鬱陶しく重苦しいために、私たちがそれに合わせるべく波長を下げて行くうちに高級界との連絡が切れてしまうことがあります。私の住む光の世界とは対照的に、あなた方の世界は暗くて冷たい、じとじととした世界です。

太陽の本当の姿、太陽の霊体の光輝を、あなた方はまだご覧になったことがありません。あなた方が見ているのはその本体のお粗末な模造程度に過ぎません。ちょうど月が太陽の光を反射して輝くように、あなた方の目に映っている太陽は、私たちの太陽のかすかな反射程度に過ぎません。

こうして地上に降りてきた私は、例えてみればカゴに入れられた小鳥のようなものです。用事を済ませて地上から去って行く時の私は、鳥カゴから放たれた小鳥のように、果てしない宇宙の彼方へ喜び勇んで飛び去って行きます。死ぬということは鳥カゴという牢獄から解放されることなのです。

さて、私があなた方と縁のあるスピリットからの伝言を依頼された時は、そのスピリットのレベルに合わせたバイブレーションに切り換えます。その時の私は単なるマウスピースに過ぎません。状態が良い時は実に簡単です。が、この交霊会が開かれている部屋の近所で何事かが起きると混乱が生じます。突如として連絡が途絶えてしまい、私は急いで別の伝言に切り換えます。ということは、バイブレーションも別のものに切り換えなくてはなりません。

そうした個人的なメッセージの時は、先方の言っていることが手に取るように聞こえることがあります。それは、こうして私が今この霊媒を使ってしゃベっている時のバイブレーションと同じレベルで通じ合っていることを意味します。

しかし、これが高級界からの啓示を受け取るとなると、そう簡単には行きません。私は別の意識に切り換えなくてはならないので、同じバイブレーションを使うわけには行きません。シンボルとか映像、ビジョン、直観といった形で印象を受け取り、それを言語で表現することになります。それは霊覚者が啓示に接するのと非常によく似ております。その時の私は、普段シルバーバーチとして親しんでくださっている意識よりも一段と高い次元の意識を表現しなければならないのです。

例えば画家がインスピレーションに接する時は、普段使用しているものとは別のバイブレーションに反応しています。その状態の中で画家はある種の霊力の作用を受け、それを映像に転換してキャンバスの上に描きます。インスピレーションが去ると、それが出来なくなります。

それと同じで、私が皆さんに霊的真理をお伝えしようとすると、私の意識の中でも高等なバイブレーションに反応できる回線を開き、高級霊がそれを通路として通信を送ってくる。それを私が地上の言語で表現するわけです。

その際、私は所詮この霊媒の語彙(記憶している用語)の制約を受けるだけでなく、魂の進化の程度による制約も受けます。霊媒が霊的に成長すれば、その分だけ、それまで表現できなかった部分が表現できるようになるのです。

今ではこの霊媒のどこにどの単語があるということが分かっていますから、それらを何とか駆使して、私の思ったこと、と言うよりは、ここへ来るまでに用意した思想を百パーセント表現することが出来ます。

この霊媒を通じて語り始めた初期の頃は、一つの単語を使おうとすると、それとつながった別の要らない単語まで出てきて困りました。必要な単語だけを取り出すためには脳神経全体に目を配らねばなりませんでした。現在でも霊媒の影響をまったく受けていないとは言えません。用語そのものは霊媒のものですから、その意味で少しは着色されていると言わざるを得ないでしょう。しかし、私の言わんとすることの内容が変えられることはありません。

あなた方西洋人の精神構造は私たちインディアンとは大分違います。うまく使いこなせるようになるには、かなりの年数を要します。まずその仕組みを勉強したあと、霊媒的素質をもった人の睡眠中をねらって、その霊的身体を使って試してみます。そうした訓練の末に、ようやくこうして入神させてその口を使ってしゃベることが出来るようになるのです。

他人の身体を使ってみると、人間の身体がいかに複雑に出来ているかがよく分かります。一方において心臓をいつものように鼓動させ、血液を循環させ、肺を伸縮させ、脳の血液を適度に刺激しながら、他方では潜在意識の流れを止めて、私たちの考えを送り込みます。容易なことではありません。

初めのうちはそうした操作を意識的にやらなくてはなりません。それが上達の常道というものです。赤ん坊が歩けるようになるには、最初は一歩一歩に全意識を集中します。そのうち意識しなくても自然に足が出るようになります。私がこの霊媒をコントロールするまでにやはり同じ経過をたどりました。一つ一つの操作を意識的にやりました。今では自動的に働いてくれます。

もっとも、他界したばかりの霊がしゃべる時はそこまでする必要はありません。霊媒の潜在意識に思念を印象づけるだけでよいのです。が、それでもかなりの練習が要ります。その練習をこちらの世界の者どうしで行います。そう簡単なものではないのです。こうして霊媒の口を使って語るよりは、メガホンを使ってしゃべる方がずっと楽です。

人間の潜在意識はそれまでの生活によって一つの習性が出来ており、一定の方向に一定の考えを一定のパターンで送っています。その潜在意識を使ってこちらの思想なりアイディアなり単語なりを伝えるためには、その流れをいったん止めて新しい流れをこしらえなくてはなりません。もしも同じような考えが潜在意識にあれば、その流れに切り換えます。レコードプレーヤーで聞くようなものです。その流れに乗せれば自動的にその考えがでてきます。新しい考えを述べようと思えば、新しいレコードに替えなくてはならないわけです。

私にとってこの部屋に入って来るのに壁は別に障害になりません。私のバイブレーションにとって壁は固い物質ではないのです。むしろ霊媒のオーラの方が固い壁のように感じられます。私のバイブレーションに感応するからです。もっとも、私の方はバイブレーションを下げ、霊媒の方はバイブレーションを高めています。それがうまく行くようになるのに十五年も掛かりました。

霊媒のオーラの中にいる間は暗くて何も見えません。この肉体によって私の能力が制約を受けるのです。それで私は、この霊媒が赤ん坊の頃から身につけて行くことをいかに使用するかを勉強しなくてはなりませんでした。もっとも、足の使い方は知る必要がありませんでした。私には足は用事がないからです。必要なのは脳と手だけです。

この霊媒を支配している時に別のスピリットからのメッセージを口移しに伝えることがありますが、その時は霊媒の耳を使うのではなく私自身の霊耳を使います。これも霊媒のオーラと私のオーラの違いの問題です。私のオーラは霊媒のオーラほど濃密でなく、霊媒のオーラの中にいる時でも、他のスピリットが私のオーラに思念を印象づけることが出来るのです。

例えてみれば電話で話をしながら同じ部屋の人の話を聞くのと同じです。二つのバイブレーションを利用しているわけです。同時には出来ませんが、切り換えることは出来ます。

質疑応答

――霊言現象は霊が霊媒の身体の中に入ってしゃベるのですか。

必ずしもそうではありません。大抵の場合、オーラを通じて操作します。

――霊媒の発声器官を使いますか。

使うこともあります。現に私は今この霊媒の発声器官を使っています。拵えようと思えば(エクトプラズムで)私自身の発声器官を拵(こしら)えることも可能ですが、私の場合はエネルギーの無駄になります。私の場合はこの霊媒の潜在意識を完全に私自身のものにしていますから、全身の器官をコントロールすることが出来ます。いわば霊媒の意志まで私が代行し――本人の同意を得ての話ですが――その間だけ身体を預かるわけです。終わって私が退くと霊媒の意識が戻って、いつもの状態に復します。

――霊媒の霊的身体を使うこともありますか。

ありますが、その霊的身体も肉体とつながっています。

――邪魔しようとする低級霊集団から守るためには、列席者にも心の準備が要りますか。

要ります。何よりも大切なことは、身も心も「愛」の一念で一つになることです。そうすれば同じく愛の一念に満たされたスピリット以外は近づきません。

――霊界側でもそのための配慮をなさるのですか。

もちろんです。常に邪魔を排除していなければなりません。あなた方との調和も計らねばなりません。最高の成果を上げるために全ての要素を考慮しなければなりません。その為に私たちは高度に組織された体勢で臨んでおります。

――霊媒は本をよく読んで勉強し、少しでも多くの知識をもった方がいいでしょうか。そんなことをしないで、自分の霊媒能力に自信をもって、それ一つで勝負した方がいいでしょうか。

霊媒の種類にもよるでしょうが、霊媒は何も知らない方がいいという意見には賛成できません。知らないよりは知っている方が良いに決まっています。知識というのは先輩の経験の蓄積ですから、勉強してそれを我がものにするよう努力する方が賢明でしょう。私はそう考えます。

――立派な霊能者となるには日常の生活面でも立派でなくてはいけませんか。

生活態度が立派であればそれだけ大霊の道具として立派ということです。生活態度が高尚であるということは、それだけ内部に宿された神性が多く発揮されているということになるからです。日常生活で発揮されている人間性のレベルが霊能者としてのレベルを決定づけます。

――ということは、霊格が高まるほど霊能者としても向上すると言って良いでしょうか。

決まり切ったことです。生活面が立派であれば、霊能も立派になります。自分を犠牲にする覚悟の出来ていない人間に、いい仕事は出来ません。このことは、こうして霊界での生活を犠牲にして地上へ戻ってくる私たちが身をもって学ばされて来た教訓の最たるものではないでしょうか。

――他界した肉親や先祖霊からの援助を受けるにはどうすれば良いでしょうか。

かつてあなたが愛し、またあなたを愛してくれた人々があなたを見捨てることは決してありません。言うなれば、愛情の届く距離を半径とした円の範囲内から出ることなく、あなたを見守っております。時には近くなり、時には遠くもなりましょう。が、決して去ってしまうことはありません。

また、その人たちの意念があなたを動かしています。必要と見れば強く作用することもありますが、反対にあなたが恐怖感・悩み・心配等の念で壁を拵えてしまい、あなたに近づけなくしていることもあります。悲しみの涙に暮れていると、その涙で霊を遠くへ押し流してしまいます。穏やかな心、安らかな気持、希望と信念と自信に満ちた明るい雰囲気に包まれている時は、きっと大勢の霊が寄ってまいります。

私たち霊界の者はできるだけ地上の人間との接触を求めて近づこうとするのですが、どの程度まで接近できるかは、その人物の雰囲気、人間的成長の度合、霊的進化の程度によります。霊的なものに一切反応しない人間とは接触が取れません。霊的自覚、悟り、ないしは霊的活気のある人間とはすぐに接触が取れ、一体関係が保てます。

それは必ずしもスピリチュアリストばかりとは限りません。知識としてスピリチュアリズムのことは知らなくても、霊的なことが理解できればそれでいいのです。とにかく冷静で受容的な心を保つことです。取り越し苦労、悩み、心配の念がいちばんいけません。そうした低級な感情が周囲にモヤを生みだし、私たちを近づけなくするのです。

――愛し合っていた相手が他界した場合、こちらからの愛念がその霊に通じますか。

一概に「イエス」とも「ノー」とも言いかねます。魂の進化のレベルが問題となるからです。双方が精神的並びに霊的にほぼ同じレベルであれば通じるでしょう。が、あまりに離れ過ぎていれば、界層がまったく違うわけですから通じないでしょう。

――他界した人のことをあまり心配すると向上の妨げになるのでしょうか。

地上の人間に霊界の人間の進歩を妨げる力はありません。霊界の人間は霊界での行為によって向上進歩するのであって、地上の人間のすることとは関係ありません。

――世俗から隔絶した場所で瞑想の生活を送っている人がいますが、あれで良いのでしょうか。

「良い」という言葉の意味次第です。世俗から離れた生活は心霊能力の開発には好都合で、その意味では良いことと言えるでしょう。が、私の考えでは、世俗の中で生活しつつしかも世俗から超然とした生き方の方が遙かに上です。つまり霊的自覚に基づいた努力と忍耐と向上を通じて同胞のために尽くすことが、人間本来のあるべき姿だと思います。

――世俗から離れた生活は自分のためでしかないということでしょうか。

いちばん大切なことは、他人のために己を捨てるということです。自分の能力を発達させること自体は結構なことです。が、開発した才能を他人のために活用することの方がもっと大切です。

――どうすれば霊媒や霊視能力者になれるのでしょうか。

大霊のために自分を役立てようとする人間はみな大霊の霊媒です。いかにして魂を向上させるか――これはもう改めて説くまでもないでしょう。これまで何回となく繰り返して説いてきたことではないでしょうか。

自分を愛するごとく隣人を愛することです。人のために役立つことをすることです。自我を高めるよう努力することです。何でもよろしい、内部に宿る神性を発揮させることです。それが最高の霊媒現象なのです。こうすれば霊視能力者になれるという方法はありません。が、大霊の光が見えるように魂の目を開く方法なら教えられます。それは今述べた通りです。

――これからホームサークルを作りたいと思っている人たちへのアドバイスをいただけますでしょうか。

嫌な思いをすることのない、本当に心の通い合える人々が同じ目的をもって一つのグループをこしらえます。そして週一回、同じ時刻に同じ部屋に集まり、一時間ばかり、あるいはもう少し長くてもよろしい、祈りから始めてそのまま瞑想に入ります。

目的、動機がいちばん大切です。面白半分にやってはいけません。人のために役立たせるために霊力を開発したいという一念で忍耐強く、ねばり強く、コンスタントに会合を重ねて行くことです。そのうち同じ一念に燃えたスピリットの一団と感応し、必要な霊力の開発へ向けて援助してくれるでしょう。

言っておきますが、私どもは人目を引くことばかりしたがる見栄っ張りには用事はありません。使われずに居眠りをしている貴重な霊力を引き出し、同胞のために、人類全体のために有効に使うことを目的とした人たちの集まりには大いに援助いたします。