霊訓原文201~240


 

 



 201. (地上で発揮された才能は霊界へきてからも発揮されます)


  [インスピレーションはどこからくるか]

 例えば、新聞記者なら生前の新聞記者からというように、同じ職業の者からインスピレーションを受けるのですか。

 そうです。この世でもあの世でも、何一つ失うことはありません。地上で発揮された才能は、霊界へきてからも発揮され、さらに伸ばされていきます。しかし、霊界で才能が伸びれば伸びるほど、その才能を誰かに発揮してほしくなってくるのです。そこで、その才能を発揮してくれる誰かを見つけてインスピレーションを与え、その才能をもっと伸ばしていこうとします。そのインスピレーションは、時には、気づくこともあれば、全く気づかないこともあります。また時には、霊の個性が非常に強いために、インスピレーションのなかに、それを送ってくる霊の人柄が表れてくることもあります。

 そのようなインスピレーションは何人かに与えられるのですか、それとも、ある個人に対してのみ、与えられるのですか。

 それは、両方です。霊界でのすべての作業は、お互いに助け合って行なわれるからです。私たちは、集団で奉仕活動をするとき以外は、普通はエネルギーを使わないのです。ただ、自分の才能を一番よく発揮するためには、私たち一人ひとりが、それにふさわしい誰かを見つけてインスピレーションを送らなければなりません。


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 202. (あなた方は神のミニチュアです)

 大詩人、大画家などが、ほとんど霊界からのインスピレーションによって制作していると聞いていますが、それならばどこに本人の独創性があることになりますか。

 私は、生命の始まりを知らず、終わりも知りません。知っているのは、神が生命であり、生命は神であるということです。生命の種子は、はじめから撒かれていました。私の知る限りでは、宇宙にあるすべてのものは、過去においても存在していたし、未来においても存在し続けるでしょう。あなた方はみんな神の分身であり、肉体の内部には神の霊が宿っています。あなた方は、神のミニチュアです。魂の進化によって神のすべての力に近づくことができます。それが全宇宙の力のなかであなた方が使える力なのです。
 あなた方は、創造することはできませんが、なにかを付け加え、形作り、建設し、動かし、改善し、美化し、結びつけるなど、あなた方の住む世界と、その世界を包含する大宇宙を、よりよくするために多くの貢献をすることができます。神は人間にあらゆる材料と道具を与えられました。それらを使えば、あらゆるものを変えることができます。しかし、創造することだけはできません。

  訳者注:独創性も神の子であることから備わっていると取れないこともないが、この問いと答えの間には、何らかの理解の齟齬(そご)があったのかもしれない。

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 203. (人が唯物的になればなるほど波長は低くなります)


 催眠術の研究はいいことでしょうか。

 催眠術をかける人の意図が善意からくるものであって、その能力を人への奉仕に役立てようとしているのであれば、もちろん、それはいいことです。ただ、そのような催眠術者は、相手の潜在能力に多少の刺激を与えていることになるだけです。

 催眠術者には施術して何が分かるのですか。

 内在の神、すなわち大我のことです。今まで何度も話してきましたが、あなた方に内在する神の力を信じてそれを使えば、乗り越えられない困難はありません。あなた方の魂を進化させ、高い波長に同調し、奉仕の生活を送り、霊的に向上すれば、その大いなる力に近づくことができるのです。人が唯物的になればなるほど、波長は低くなります。自己を克己して向上すればするほど、波長は高くなり、内在する神性がますます発揮されるようになります。

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 204. (残念なのはいいことなのです)

 内在の神性は、本人の顕在意識とは無関係に、理性を働かせたり、考えたり、行動したりできるものなのですか。

 そうではありません。あなた方が肉体を通じてどのような顕在意識の部分をあらわしているかによって条件付けられています。内在の神性が、そのように条件付けられるのは、あなた方がこの地上世界に生きている間だけです。催眠術にかけられている間は、そのようなことはありません。催眠術者が牢獄の鍵を開けて中の囚人を逃がしてしまっているような状態になるからです。もしも催眠術者が、善意で施術するなら、相手に内在する神性を刺激することになって、大いに役立つことになります。しかし、逆に、内在する獣性をも刺激することもできるのです。大切なことは、あなた方のいまの顕在意識というのは、将来、あなた方が表すことになる顕在意識の、ほんの小さな一部分であるにすぎないということです。

 

 それは、ちょっと残念ですね。

 そうです。残念なのはいいことなのです。ひとりよがりで満足していては、魂の進歩のためによくありません。

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 205. (魂の成長のための近道はありません)

 催眠術は、交霊会のために役立てるほうがいいのでしょうか。

 交霊会で、催眠術が試されたことはありました。しかし、指導霊が地上の催眠術者を支配してしまうと、催眠術者の力はもう霊媒に及ばなくなってしまって、それで終わってしまいました。霊媒が催眠術者の前に座ると、催眠術者の力は発揮できないことが分かったので、催眠術は交霊会には適当ではありません。催眠術者が交霊会に出席して、霊力が徐々に彼にもたらされるように、修行を積んでいくのはいいかもしれません。

 魂の成長のためには、催眠術が近道になるとは思いませんか。

 いいえ、魂の成長のための近道はありません。いま問題にしているのは、魂や霊能力なのです。あなた方が現在の状態になるまでには、何百万年もの長い歳月がかかりました。その間に、地上世界は数多くの災害を生み出してきましたが、それは人間が霊的なものを無視してきたからです。霊的なものは慎重な熟成とゆるやかな成長が必要なのです。


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 206. (魂はあらゆる空間に満ちて存在しています)

  私たちは何によって肉体を制御しているのですか。そして、それはどこにあるのですか。

 それがどこにあるのか私にもわかりません。見つけることもできません。地上の科学者たちは、肉体を切り開いてどこかに潜んでいる魂を見つけられるとか、血管の中を流れているとか、或いは、特定の臓器のなかに隠されているとか、考えているようです。しかし、魂が存在している場所というのは肉体のどこにもありません。

 魂は肉体の内部にあるのですか。

 魂については、内部とか外部とかいう言いかたも適当ではありません。魂には、内もなければ、外もないのです。魂はあらゆる空間に満ちて存在しています。魂とは意識です。魂は肉体によって限定されるものではなく、永遠の中に行渡って、進化の頂点にまで達するものです。地上世界を一瞬にして飛び越えることもできます。あなた方が幽体のまま遥か遠くの国へ旅するとき、魂はどこにあるといえるでしょうか。あなた方は地上の尺度でものを考えます。だからいろいろと障害にぶつかるのですが、霊界にはそのような障害はありません。魂には、限定された空間はありません。私たちの意識は、意の向くままにあなた方の世界のどこへでも出かけて活動できるのです。

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 207. (私にとっては魂とは内在する神のことです)

 魂と霊はどう違うのですか。

 名前をどのようにつけようがどうでもいいことです。私があなた方の辞書を作ったわけではありません。ただ、私にとっては、魂とは内在する神のことで、霊とは自己を表現している媒体のことです。でもいろいろな人が別の名称を用いたりしています。

 表現のための媒体というほかに、霊はどのようなものと考えればよいでしょうか。

 霊とはあなた方が神と呼ぶ大霊の一部であって、向上していくにつれて、つぎつぎに媒体によって自己表現を続けていきます。この自己表現から切り離された霊というものを霊界の私たちは知りません。自己表現をしていることで、私たちははじめてそれが霊であることがわかるのです。

 私たちの意識とは何ですか。

 意識とは、正邪を見分ける魂の一部です。天秤がどちらに傾くかを教えてくれる標準器のようなものです。人間の魂の指標といっていいでしょう。

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 208. (オーラがあなたの永遠の審判者です)

  オーラとは何ですか。

 オーラは肉体が発する波長によって作られます。オーラにはいろいろな種類がありますが、地上で知られているのは、肉体と霊体を包んでいるオーラです。すべてのものにはオーラがあります。内部に意識を持っていないものにもオーラはあります。オーラは肉体から発する波長で作られていますが、肉体の状態によってもオーラは変わってきます。だから、いろいろなオーラがあることになります。オーラが見えてその意味を解釈できる人は、そのオーラをもつ特定の人の秘密はすべてわかります。
 相手の健康状態を診断することもできますし、魂の状態や心の動きもわかります。魂の進歩の程度も見て取るでしょう。オーラというのは、その人のすべてについて書き込まれた本が読む人の前に開かれているようなものだからです。あなたがこれまでに言ったこと、考えたこと、行なってきたことのすべてがオーラには記録されています。オーラがあなたの永遠の審判者です。オーラを見れる人からは、あなたが外見からはわからない真実のあなたの姿が正確に見えるのです。

 それは、人間の霊体について言っているのですか。

 そうです。肉体のオーラの場合は、健康とか気質や習慣など、もっと肉体的なことに関係があります。それらが、それぞれに違った色で表れているのです。

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 209 (あなた方の時間と空間の計測は正確ではありません)

 僧侶が幽霊として僧院の中の道を機械的に繰り返して歩くというようなことがありますが、その幽霊現象の原因は何ですか。

 幽霊のあるものは霊魂が起こします。ただ、あなたの質問の場合は、その人の念が強くその場所に刻み込まれているために、それが幽かな姿になって現れているというものです。しかし、普通あなた方が幽霊と呼んでいるものは、いわゆる地縛霊のことです。

 時間というのは、実在ですか、それとも人為的なものですか。

 時間は人為的ではなく、多くの次元をもつものです。あなた方の時間の測り方が人為的なだけです。時間そのものは、実在であり、存在します。空間も存在します。ただ、あなた方は、限られた視点でしか時間と空間を測ろうとしないので、あなた方の計測は正確ではありません。時間と空間を取り巻くもっと多くの要素について知るようになれば、あなた方の時間と空間を測る視点は、もっと真実に近づいていくでしょう。

 

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 210 (いつでも本当のことを知ってもらう方がいいのです)

 善意の動機から嘘をついたのであれば神の目から見ても許されますか。

 その「神の目から見ても」という意味がわかりません。あなたの行為、思考、言葉のすべては魂に記録されますから、あなたが進化してきた結果が今のあなたです。霊の目で見ることのできる者には、その姿があなたとして理解されます。行為であれ、言葉であれ、或いは思考であれ、それが正しくないのであれば、その結果として魂の進化は妨げられてしまうのです。

 それでは、善意から嘘をついたとしても、それは魂の進化を阻害することになるわけですね。

 私は嘘がいいとは思えません。しばらく黙っていることはあるでしょうが、やはり、いつでも本当のことを知ってもらう方がいいのです。

 身体障害のために、自己の霊的な願望とは全く逆の態度で行動することもありますか。

 あります。精神異常者のような場合です。しかし、それは魂の進化には影響しません。地上の世界で示される行為に問題があるだけです。魂の進化と地上世界で制約されている魂の表現との間には、常にずれがあることを考慮する必要があります。

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 211(人間がそのような憑依の条件を作るのです)
 
 地上で邪悪な生活を送った人が霊界へ移っても悔い改めないということがありますか。

 それは大いにありえます。何百年も、時には何千年も悔い改めないということがあります。

 そのような霊が、地上の人間に害を及ぼすということがありますか。

 両者の間に、惹きつけ合うような関係があれば、そうなります。是非知ってほしいのは、霊の憑依というのは霊界の霊が原因ではなくて、地上の人間に原因があるということです。人間がそのような憑依の条件を作るのです。もし人間が調和の取れた生活を送り、正しい考え方をしていれば、そして、奉仕に努めて利己心やささやかな希望以上の強欲をもつことがなければ、憑依が起こることは決してありません。

 花や草木にも意識はありますか。

 あなた方のいう意識とは違いますが、植物は、まだ人間には理解されていない波長に反応を示します。その波長の秘密を偶然に発見して、その波長で植物と意識を交わすことのできる人々も沢山います。

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  212 (今の牧師たちは霊の力に動かされることがありません)

    [メソディスト派牧師との対話]

 「あなたがこの世を去ったときには、死の恐怖がありましたか。」

 「いいえ。私たちインディアンはみんな霊魂を認めていましたから、死は少しも恐ろしいものではありませんでした。私たちは、あなたのメソディスト派の創始者であるウエズレイのように心霊的であったのです。ウエズレイは霊の力に動かされていた人でした。そのことは、あなたもご存知でしょう。」
 「はい」と牧師は答えた。
 「しかし、今の牧師たちは霊の力に動かされることがありません」とシルバー・バーチは続けた。
 「神のところへ届く鎖には多くの輪があって、地上で最低の人間でもあなた方がいう霊界の最高の天使と繋がっているのです。地上の人間では、たとえどんなに悪い人であっても、あなた方が神と呼ぶ存在と切り離されてしまうことはありません。」

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 213 (この世での最大の罪は神に逆らう罪です)

 「この地上で人間の犯す最大の罪は何ですか」とメソディスト派の牧師は聞いた。
 「沢山の罪がありますが、最大の罪は、神に逆らう罪です」とシルバー・バーチは答えた。
 参会者の一人が「その意味をもっと彼に説明してあげていただけませんか」と言った。
 シルバー・バーチは続けた。
 「神を知りながら、神を否定する人がいます。これがすべての罪の中で最大のものです」
 牧師が聞いた。
 「改訳聖書(1881-85改訳)をどう思いますか。改訳聖書と欽定約聖書(1611年英訳)とどちらがいいと思いますか」
 シルバー・バーチは、こう答えた。
 「言葉は問題ではありません。大切なことは、何をするかということです。神の真理は沢山の本にも書かれていますが、何処にいても誰であっても、神に奉仕しようとしている人々の心の中にも神の真理があります。それが聖書の中でも最も偉大な聖書です

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 214 (霊界へくるときにはあるがままの姿でやってきます)

 「死ぬ前に改宗しないで死んだら、その人はどうなりますか」と牧師は聞いた。
 「あなたのいう“改宗”というのがよくわからないのですが、わかりやすく説明してくれませんか」とシルバー・バーチは言った。
 「ある人は邪悪な生活を送ったまま生涯を終えたとします。また、別の人は、改心して正しく生きることを決意したとします。この二人は、霊界へ行ったらどのように違ってくるのでしょうか」と牧師は言い直した。
 シルバー・バーチはこう述べた。
 「それにはあなた方の聖書のことばで答えましょう。“人は自分が撒いたものは自分で刈り取らねばならない”とあるとおりです。誰もそれを変えることはできないのです。あなた方が霊界へくるときには、あるがままの姿でやってきます。それは、あなた方が自分で思っているような姿ではありません。まわりの人に見せようとしている姿でもありません。あなた方の心の奥にある本当の自分の姿です。あなた方は霊界へ来て初めて、その姿を自分で見ることが出来るようになります。

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 215 (この人は3千年前に亡くなっているのですよ)

  牧師に向かってシルバー・バーチはさらに言った。
 「この老インディアンがあなた方の聖書のことをよく知っているので驚きましたか」
 「確かによくご存知ですね」とメソディスト派の牧師は答えた。
 列席者の一人が口を挟んだ。
 「この人は3千年前に亡くなっているのですよ」
 それを聞いた牧師は、頭の中ですばやく計算して、「あなたはダビデを知っていましたか」と聞いた。ダビデは約三千年前の人だからである。
 シルバー・バーチは言った。
 「私は白人ではなく、インディアンです。私はアメリカ北西部の山の中に住んでいたのです。あなた方のいう野蛮人です。しかし、その野蛮人である私は、三千年前の賎しい野蛮人よりも、西欧社会のほうがもっと野蛮で残酷で無知であることを見てきました。今日でさえも、白人たちが自分たちよりも経済的に劣っている人たちに対して行なっているあらゆる残虐行為は、神に背く最大の罪の一つです。

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 216 (神の分身というのは誰の中にもあります)

 「霊界へ移った人々はどのような状況でしょうか」牧師は聞いた。「激しい良心の呵責を感じたりしていますか」
 シルバー・バーチは言った。
 「一番彼らが後悔するのは、遣り残してきた仕事のことです。霊界へ来ると、あなた方は、自分ですべてが見えるようになります。やり終えた仕事も、しなければならなかったのに、やり終えていないことも、すべてです。この見過ごしてしまった機会のことが良く見えるので、それで後悔するのです」
 牧師は次に聞いた。
 「イエス・キリストへの信仰をどう思いますか。その信仰は神の御心に適うものでしょうか。もしあなたがイエス・キリストを信じていれば、イエス・キリストを手本にするのではないでしょうか」
 シルバー・バーチは答えた。
 「神よ、神よ、という者だけが神を信じる者ではありません。神のみ業を行なう者が本当の信者なのです。あなたが何を言おうと、何を信じようと、或いは何を考えようと、そんなことよりも、何をするかが大切です。信仰を全く持っていない人であっても、もしその人が挫けた人を立ち直らせ、飢えた人にパンを与え、暗闇で迷っている人に光明を与えるなら、その人こそ、神のみ業を行なっていることになります」
 ここで、交霊会の参加者の一人が、イエス・キリストは、神の分身なのかどうかを訊ねた。
 シルバー・バーチは言った。
 「イエス・キリストは、この地上に現われた偉大な人物でした。しかし、人々はイエスの教えに耳をかさず、イエスを処刑してしまいました。今でも人々はイエスを処刑し続けています。神の分身というのは、誰の中にもあります。ただ、一部の人には、他の人々より、その神の分身がよく現われているだけなのです。

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 217 (イエスは自分に祈れとは言っていないのです)

 牧師は言った。
 「イエス・キリストが地上で最も偉大な人物であったことは広く認められています。このような人物が嘘をつくはずはありません。イエスは、『私と父なる神とは一つである。私を見た者は神を見たことになる』と言いました。このことはイエスが神であることを示しているのではありませんか」
 こう答えが返ってきた。
 「あなたはもう一度聖書を読み直す必要がありますね。イエスは、『父なる神は私より偉大である』と言いませんでしたか。」
 「はい、そう言いました」と牧師は認めた。
 シルバー・バーチは続けた。
 「イエスはまた、人々に『天にまします我らが父よ』と祈るように教えたのではありませんか。イエスは自分に祈れとは、言っていないのです。イエスが、父なる神に祈れと言っているのに、イエスが『天にまします父なる神』と同一であることはあり得ないのです。イエスは、『自分に向かって祈れ』とは言っていないのですよ。『父なる神に祈れ』と言ったのです。

          
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 218 (神の真理を学べるのは苦難を通してのみです)

 「この世にはなぜこんなに苦しみが多いのでしょうか」と牧師が聞いた。
 シルバー・バーチは答えた。
 「神の真理を学べるのは、苦難を通してのみです。苦しい試練の坩堝でもまれて、人々は初めて、この世を支配している神の法則の真実を理解できるようになるのです」
 「でも、世間には苦しみのない人々も多くいるように思われますが」と牧師は言った。
 シルバー・バーチは答えて言った。
 「人間には神性が宿っています。だから、肉体的なことより霊的なことが大切なのです。霊的な苦痛のほうが肉体的な苦痛よりも大きいことを知らねばなりません

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 219 (神の法則は決して変わることがありません)

 「今の社会は不公平だと思いますが」と、交霊会のメンバーの一人が言った。
 シルバー・バーチは答えた。
 「いつの日か、この世で起こることのすべてが正される日がくるでしょう。いつの日か、あなた方が自分の手で天秤を持ち、自らその傾きを正しいていくことになるでしょう。
あなた方は、『自らこの世に撒いた種は自ら刈り取らねばならない』という自然法則から免れることは出来ないのです。一部の人が苦労から逃れて楽をしているように見えることがあっても、本当はそうではありません。その人たちの魂の中までは見えないだけです。
 神の法則だけが、私の知る唯一の法則です。私は人間の作った法律は認めません。人間の法則は変わるのが当たり前だし、事実、いろいろと変わってきました。しかし、神の法則は決して変わることがありません。この世に苦しみがなければ、あなた方は決して不正の数々に目を向けていくことはないでしょう。世の中に苦痛や悲しみや災害があるのは、神の分身であるあなた方が、それらを克服することを学ぶためなのです

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 220 (私は過去を悔やんでいる多くの聖職者たちに会っています)

 私はこの霊界で、過去を悔やんでいる多くの聖職者たちに会っています。彼らは過去を振り返って、いまでは、霊的なメッセージを教えてこなかったこと、聖書やことばや表現にとらわれすぎて実践を十分に行なってこなかったことが分かっているのです。出来ることなら、この地上に戻って来たいと思っていますよ。私は、あなたや他の人々を通じて、ふたたび神の真理が地上に現われてくるように、彼らがあなたを励ましていくことを教えているところです。
 あなた方は破滅の危機に瀕しているこの地上世界に生きていますが、やがて天国がこの地上に到来することになる新秩序が始まろうとしていることを知らねばなりません。そのためにはまだ、多くの苦しみや悩みや涙が必要ですが、しかし最後には、神があなた方の中に戻ってこられます。あなた方の一人ひとりが、この新天地をもたらすために貢献できるのです。あなた方はみんな神の分身であり、神のみ業を助けることが出来るからです。

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 221 (人間の努力というのはすべて人格の形成に大変重要です)

  2回目の交霊会の時に、牧師は次のように訊いた。
 「地上の人間が完全な生活を送って、神のように神聖な存在になることは可能でしょうか。また、私たちがすべての人々を愛することが果たして出来るものでしょうか」
 それに対して、シルバー・バーチは答えた。
 「いいえ、それは不可能です。ただ、そうなるための努力をすることはできます。人間の努力というのは、すべて、人格の形成に大変重要です。もしあなたが、どんな場合にも決して怒ることはなく、悲しむこともなく、常に平静でいられるならば、もはや人間ではなくなるでしょう。神の法則とは、あなた方が霊性の進化のためにこの地上に生まれて、日に日に向上していくことです。この進化の過程は、この地上でも霊界でも、決して留まることはありません。
 「それでは、イエスが『天なる父が完全であられるように、あなた方も完全な者となりなさい』と言っているのはどういう意味になりますか。」
 それに答えて、シルバー・バーチは言った。
 「それは、完全な者になるように努力せよ、ということです。あなた方に内在する神の神性を発揮しなさい、その神性を日々の生活の中で実現させていきなさいと、あなた方の生き方の理想を述べているのです。」


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 222. (イエスは一度も怒ったことはなかったか)

 牧師は言った。
 「私が引用した句は、マタイ伝5章の最期にあることばです。イエスは万人に対する愛について述べた後で、『ある人は隣人を愛し、またある人は友人を愛する。だが皆さんは完全であれ、神の子なのだから』と言いました。これは、神がすべての人々を愛するように、私たちもすべての人々を愛さねばならない、ということだと思います。あなたは、私達が実行できないことをイエスが命じたのだと言われるのですか。」
 シルバー・バーチは声を高めて言った。
 「あなたは、世界中の人々をみんなイエスのような人にしたいのですか。イエスがこの世では完全な生活を送ったと思っているのですか。」
 「はい。イエスは完全な生活を送ったと思います。」
 「では、イエスが怒ったこともなかった、というのですか。」
 「事柄によっては不愉快な思いをされたことはあったと思いますが。」
 「それでは、イエスが怒ったことは絶対になかったというのですね。」
 「怒るべきではないようなときに怒るということは決してなかったと思います。」
 「そんなことを訊いているのではありません。あなたはいつも言い訳のようなことを言っていますが、イエスは一度も怒ったことはなかったかと訊いているのです。」


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 223 (イエスもまた一人の人間であったことを知ってください)

 交霊会の出席者の一人が、イエスが神殿に行ったときの両替商人のことを思い出した。
 「私が言っているのはそのことです」とシルバー・バーチは言った。「イエスの生涯を見極めていこうとするなら、事実として起こったことから目を逸らさないでください。イエスは、神の神殿を両替商人たちが汚しているのを見て非常に腹を立て、鞭を手にとって彼らを追い払ったのです。あれが怒りです。怒るのがいけないといっているわけではありません。ただ、あれは怒りなのです。そして、怒りというのは人間的な感情です。
 「私はただ、イエスにも人間的な感情があることを示すためにこの話を持ち出しているだけです。あなた方が、もし、イエスを模範として従おうとするのなら、イエスもまた一人の人間であったことを知ってください。ただ、イエスは神の神性を大いに発揮していました。ほかの誰に比べても、イエスは偉大な神性を顕していたのです。私の言っていることが分かりますか。」

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 224 (高い玉座にイエスを祭り上げてはいけません)

  「私はあなたに助力したいと思っているだけです。イエスを喜ばせようとするのなら、人間の手の届かない高い玉座にイエスを祭り上げてはいけません。この地上のあなたと同じような、またほかの誰とも同じような人間として扱ってくれることをイエスは望んでいるのです。彼は雲の上に居たいわけではありません。人々と一緒に居たいのです。彼がしたことを誰でもできるように、模範となりたかったのです。もしあなた方が、イエスを誰にも従うことのできない高みに押し上げてしまえば、それでは、イエスの生涯は無駄になってしまいます。

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 225. (神の法則からはみ出さない限り人間は自由なのです)

 話題を変えて、牧師は尋ねた。
 「私たちには自由意志はありますか。」
 「あります。自由意志というのは神の法則です。」
 「でも、時には人間は自分ではどうすることもできない衝動で行動することがあります。その場合は、誰かから強制されているのでしょうか、それとも、まだ自由意志を持っているのでしょうか。」
 シルバー・バーチは問い返した。
 「あなたはどう思っているのですか。」
 「自由意志を持っていると思います。」
 これに対してシルバー・バーチは、こう述べた。
 「神の法則のなかで全生涯を生きていかねばならないということを除いては、人間には自由意志が与えられています。神の法則は、神の子らのために、神の愛によって与えられているもので、それを変えることはできません。この神の法則からはみ出さない限り、人間は自由なのです。」

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 226. (不正を行なった場合はその人の魂がそれを知っています)

 「私たちに自由意志が与えられているとしたら、罪を犯すということは恐ろしいことになりますね」と牧師は言った。「自由意志で罪を犯すというのは、やむを得ず罪を犯したというよりも、もっとひどいことだと思われますが。」
 「このことだけは言えるでしょう。この地上で何であれ悪いことをすれば、その人はそれを正さねばなりません。この地上でそれを正さなかったら、その人はこちらの霊界へ来てから、それを正さなければならなくなるのです。
 メソディスト派の牧師は尋ねた。
 「人によっては、何か良くないことをするという強い遺伝的要素があるのではないでしょうか。ある人は他の人よりも、楽に善事を為すことがあるように思われます。」
 「それは大変難しい問題です」とシルバー・バーチも認めた。「なぜなら、一人ひとりには自由意志があるからです。不正を行なった場合は、その人の魂がそれを知っています。その不正を避けるかどうかは、その人がそれまでに作り上げてきた人格によって決まるでしょう。罪がどれほど悪いかは、その罪がもたらす害悪の程度によって計られると思います。」

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 227. (肉体で犯す罪も心や魂で犯す罪もみんな罪は罪です)

 (「罪がどれほど悪いかは、その罪がもたらす害悪の程度によって計られる」という)このシルバー・バーチのことばに、すかさずつぎの質問が出された。
 「その言い方は、罪というのは、本来、頭で考えて行なうものであるという考え方と矛盾しませんか。罪がそのもたらした結果だけで判断されるとしたら、心の中で思っただけの罪は許されることになってしまいます。」
 「どんな罪でも、罪は罪です」と、シルバー・バーチは答えた。「肉体で犯す罪も、心や魂で犯す罪も、みんな罪は罪です。いまあなたは、人間は衝動で突き動かされることがあると言いましたが、その衝動はどこからきますか。」
 「それは、心からです。」
 「では、その心はどこからくるのですか」とシルバー・バーチは訊いた。
 牧師は、ちょっとためらいながら言った。「良い心は神からきます。」
 「それでは、悪い心はどこから来るのですか」とシルバー・バーチは重ねて訊いた。
 「よくわかりません」と牧師は答えた。

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 228. (神は罪と穢れの中にもおられるのです)

 「神は正しいものの中にも不正なものの中にも、すべてのものの中におられます」とシルバー・バーチは強い口調で言った。「神は太陽の中にも、嵐の中にも、すべての美しいものの中にもすべての醜いものの中にもおられます。大空にも大洋にも、雷や稲妻にも、そして、善と美の中だけではなく、罪と穢れの中にもおられるのです。人間が神の領域を制約することはできないことがわかりませんか。全世界は神が創造されたもので、神のみ霊がゆきわたっていないところはありません。
 「一部を切り取って、そこだけは神の領域ではないということはできません。暖かい太陽は神のものだが、穀物を流し去る豪雨は悪魔のものであるともいえません。そのすべてに神はおられるからです。あなた方は思想を受け入れたり送り出したりする媒体のような存在ですが、どのような思想を受け容れるかは、あなた方の人格と霊性によって決まります。だから、もしあなた方が、いわゆる完全な生活を送ることができれば、完全な思想だけを受け容れることになります。しかし、やはりあなた方は人間です。あなた方の程度に応じた、さまざまな種類の思想を受け容れることになるのです。私の言っていることがわかりますか。」

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 229. (神の法則は決してごまかすことができないのです)

 「はい、わかります」と牧師は言った。「ところで、いまある人が世間では成功してきたが、今まで悪事ばかりを重ねて、善いことはしてこなかったと気づいたとします。そして、その人はいま死の床にあって、自分の生き様を悔やんでいるとします。『人は信仰によって救われる』とバイブルにあって、人はこれによって安らぎを感じるといいますが、あなたはどう思われますか。このような改心についてお聞かせください。」
 シルバー・バーチは即座に答えた。
 「では私もバイブルから引用しましょう。あなたもご存知でしょう。『人は全世界を得ても魂を失ったら何の価値があろうか』ということばがあります。また、『まず神の国を求めなさい。そうすればすべてがあなたのものになる』ということばもあります。これらのことばはあなたもよく知っているはずですが、その意味がお分かりですか。これらのことばは事実を述べたものであり、実行すればその通りになる神の法則であることを、あなたは実感していますか。まだほかに、あなたもご存知の、『撒かれた種はその人が刈り取らねばならない』ということばもあります。
 神の法則は決してごまかすことができないのです。自分の一生の間に周りの人々を助けようともしなかった人が、死ぬ間際に、一瞬にして改心し霊性が変わってしまうことがあると思いますか。彼がなすべきこともしてこなかったことは、すべて彼の魂に記録されているのです。それらを、すべて帳消しにできるとお考えですか。
 神の目から見ても、自分の霊性をないがしろにしてきた人が、生涯をかけて神と神の子らのために尽くしてきた人と同列におかれると思っているのですか。人が謝ったからといってその罪がすべて拭い去られるというのなら、神の法則はそれでも公正でありうるのですか。あなたはそのように考えているのですか。

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 230. (告白によって罪を拭い去ることはできません)

 牧師は訊いた。
 「いま死にかけている人に、あなたは滅茶苦茶な人生を送ってきたからその償いをしなければなりません、と言ったのでは何の慰めにもならないのではないでしょうか。」
 シルバー・バーチは答えた。
 「では、私からのことばをこう伝えてください。神の神性を宿している本当の人間であれば、自分の犯した間違いはすべて正したいと思うはずです。もし自分の行為が引き起こした結果についてただ逃げ出したいと思うのなら、それは、本当の人間ではなく、ただの臆病者です。」
 「でも、人が自分の罪を告白するのなら、それは誰もができることではない勇気ある行為だとは思いませんか」と、牧師はまた訊いた。
 「それは、正しい道への第一歩になるだけです」とシルバー・バーチは言った。「告白によって罪を拭い去ることはできません。その人には自由意志がありましたが、正しいことではなく間違ったことをしてしまいました。その結果から逃れることはできません。その間違いは正さねばならないのです。魔法のように経文を唱えて罪を逃れようとすれば、それでは自分で自分を欺くことになってしまいます。自分で撒いた種は自分で刈り取ること。それが神の法則です。

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 231. (聖書にはいまの実情にあわないことも沢山含まれています)

 牧師はひるまずに繰り返した。
 「でも、イエスは、『私のところへ来なさい、あなたを休ませてあげよう』と言ったではありませんか。」
 シルバー・バーチは牧師に、「文字は人を殺し、霊は人を生かす」ということばを知っているかと、訊ねた。そして続けた。「ことばをすべて受け容れて、その意味を文字通りに理解しようとしてはいけません。それでは誤解することになってしまいます。聖書にはいまの実情にあわないことも沢山含まれていますから。そのことは、あなたにもお分かりでしょう。」
 ここで再び、牧師は聖書を引用して述べた。「よい羊飼いは、羊のために命を捨てる」とイエスは言いました。私はいつも許しの教えを説いています。そして、誰でもイエス・キリストの許しを受け容れれば、イエス・キリストの教えが自分の生活を支配することを暗黙のうちに認めることになり、自分の生活自体が大きな愛の献身になっていくと話してきました。

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 232. (聖書は後の世の人によって多くが付け加えられたものです)

 (この231の牧師のことばに対して) シルバー・バーチは声を強めてつぎのようにわかりやすく教えようとした。
 「神はあなたの中にいくばくかの神自身の理性を植え付けられました。どうか、その理性を使ってください。もしあなたが誰かに大きな悪事を働いて、それを告白したとすれば、確かにその告白はあなたの魂にいい影響を与えるでしょう。しかし、それでも、あなたが悪事を働いたという事実を変えることはできないのです。神の眼の前で、その罪を正すまでは、悪事は悪事として残ります。それが神の法則というものなのです。イエスが言ったということばをいくら聖書から引用しても、神の法則は曲げられません。
 前にもお話しましたが、聖書のことばはすべてイエスが言ったわけではなく、後の世の人によって多くが付け加えられたものです。あなたが、『イエスが言った』というのは、あなた自身がそう思ったというにすぎません。私があなたにわかってもらいたいと思っているのは、あのイエスが偉大な師になったのは、神の霊と霊示と力によるものであって、その同じ神の霊と霊示と力は、もしあなたが神に心を開けば、あなたも受け取ることができるということです。
 あなたは神の分身です。ですから、神の愛、神の力、神の叡智、知識、真理などのすべてはあなたにも開かれています。神を求めるのに昔に帰る必要はありません。神は今ここにおられます。イエスの時代におられた神は、そのまま今でもここにおられるのです。あの時に持っておられた同じ強大な力を、今も神は失ってはいません。
 神の教えと力を神から受け継ぐことができる人々は確かに多くはいません。しかし、なぜあなた方キリスト教徒は、2千年前のただ一人の人間にだけ頼ろうとするのですか。なぜ神の子であるあなた方が、イエスと同じように神からの霊示を受けられないのですか。なぜ、イエスの言ったことばにだけしがみつこうとするのですか。

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 233. (なぜ神をイエスと聖書の中にだけ閉じ込めてしまうのですか)

  「私は私に示されたイエスの働きについて述べているのです」と牧師は答えた。「霊示だって受け取ることができると思いますよ。」
  「なぜあなたは神をイエスと聖書の中にだけ閉じ込めてしまうのですか」とシルバー・バーチは打ち返した。あなたは神のすべてが一人の人間と一冊の本のなかで語りつくされるとでも思っているのですか。私はキリスト教徒ではありません。イエスがこの世に生まれるはるか前に生きていました。その私の魂を、神は神の平和のなかに受け容れることを認められなかったというのでしょうか。
  「あなたは、神のすべてを一冊の本のわずかばかりの頁に書き記すことができると考えているのですか。あの聖書が書き終えられたときには、神の子らに対して神はもう何の啓示も残しておられなかったのでしょうか。聖書の最期の頁を読み終えたら、もうそれで、神の力も終わってしまうと、あなたは思っているのですか。」

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 234. (私はイエスが涙を浮かべているのを見てきました)

  「私は、あなた方が考えている以上にイエスとは深い関係にあります。私はイエスが涙を浮かべているのを見てきました。多くのキリスト教徒も牧師たちも、自分たちの教会の影で行なわれている不名誉な事態には眼を向けようとしないからです。神の家と称して教会を建て、金銀とステンドグラスの窓で飾り立てる。その教会の影では、いつも日々の生活に困窮している神の子らがいるというのに、どうしてあなた方はそんな教会を自慢できるのですか。

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 235. (魂だけではなく魂の働く肉体をも助けるのです)

  あなた方は、人々が自分たちのところへやってくるのを待つのではなくて、あなた方のほうから、人々のところへ訪れるようにしなければなりません。
 あなた方の教会が光明の中心になるようにし、人の魂だけではなく、飢えた肉体をも養ってください。智慧のことばだけではなく、パンと生活のための必需品を与えてください。人々の魂と体を養うのです。魂だけではなく、魂の働く肉体をも助けるのです。すべての教会がこれをしなければ、食べ物さえ口にできない彼らは、死んでしまいます。

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 236. (この者に奉仕のための大きな力をお与えください)

 それからシルバー・バーチは、この牧師のためにつぎのように祈った。
 神よ、この者がどこにいても、何事をなすときにも、神の御力と愛がどうかこの者を支えてくださいますように。この者の魂が常に奉仕の思いに満ち、神の霊示に対して心が開かれていますように。願わくば神よ、この者に奉仕のための大きな力をお与えください。この者が、光明と平和と至福の教会を築き、その教会に来る者のすべてが、この教会にこそ神がおられるのだと思うことができますように。
 どうか神よ、この者を祝福してお支えください。この者がいつも神の道から逸れることのないようにお守りください。この者が神の意図と力と計画を一層よく理解していくことができますようにお導きください。
 では、あなたに神のみ恵みがありますように。どうか前に向かって力強く歩んでいかれんことを。

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 237. (彼は霊界へ移ってからも奉仕活動を続けています)

    トマス・ペインを称える (A)

 1937年に、有名な改革者であったトマス・ペインの生誕2百年祭に言及して、シルバー・バーチは、「昨日の悪人は、今日では英雄なのです」と言った、そして、次のように続けた。

 本日は、この地上世界が、一人の人間に賛辞を捧げる日です。この人物は、自分では気がついていませんでしたが、霊力に満たされていて、その当時の虐げられた人々、打ちひしがれた人々を救い出すために全力を尽くしました。また、弱者や挫折者を立ち上がらせ、あらゆる不正と闘い、人間としての正当な権利を人々に教えようと努力しました。
 支配層の人間はその人物を押さえつけようとしましたが、彼は霊力に支えられて、この世のすべての困難を乗越えていきました。生前の彼は、軽蔑され、反対され、迫害されましたが、彼の事業は今も生き残っています。
 この彼の教訓をどうか学び取ってください。いまあなた方が行なっている事業も、彼の事業の継続です。あなた方は妨害を受け、悪意と反抗に遭うかもしれませんが、あなた方は彼の掲げた同じ真理を世に示そうとしているのです。あなた方は、精神的、物的な自由を求めて大きな闘いを進めていく中で、本来なら味方であるはずの人々からも認めてもらえないかもしれません。しかし、あなた方の事業には神による承認のスタンプが貼られていますから、これからも残り続けていくでしょう。
 その尊い神聖な事業のためには、多くの善意の人々の協力が必要です。私たちには、世俗的な指導者はいりません。また、階級や国籍、民族や人種、宗教の有無などの違いにはこだわりません。私たちは、ただ、人を救い、助け、元気付けていくための仕事や奉仕や努力に眼を向けていくだけです。
 それが、この世でも霊界においても、この霊感に満たされた人物に対して賛辞を捧げながら、今日のこの日に学ぶべき偉大な教訓です。この地上世界では、過去における彼の奉仕活動のことしか考えていません。しかし、霊界の私たちの眼には、人を救うための情熱にあふれたあの一個の魂は、消え去ってはいないのです。彼は、霊界へ移ってからも、奉仕活動を続けています。今もなお、神の子らを進歩させていこうと努めている人びとを援助していくために、どこででも、全力をあげて奉仕しているのです。

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 238. (奉仕に身を捧げること以外に宗教はありません)

 あなた方のこの地上世界は不思議なところです。昨日の悪人が、今日は英雄になったりします。そしてまた、しばしば、今日の英雄も明日には悪人になってしまうのです。今の世代で軽蔑されている人たちも、つぎの世代では賞賛されることもあるのでしょう。
 自分たちのことを宗教的だと考えている人々の了見がなんと狭いことでしょう。彼らは自分たちの宗教のまわりに信条という名の厚い壁をめぐらせ、この信条を認めない人にはこの小さな壁の中には一歩も入れようとはしません。彼らはこう言うのです。「壁の外の者はみんな無神論者です。壁の中にいる者だけが、私たちと同じく、選ばれた宗教的な人間です。」
 しかし、真に宗教的な人間というのは、人々を立ち上がらせようと努める人々です。間違いがあればそれを正し、障壁は取り除き、無知を追放して、飢えは無くしていく、そして住む家がなければ家を与えていくというような人々です。こういう人こそが真の宗教人であり、人類に対する奉仕に身を捧げること以外に、宗教はありません。
 いつも私は同じことを言い続けています。あなた方がすでに知っていなければならない霊的真理は単純なほんのひと言で言い表せます。その霊的真理には、何も新しく付け加えるものはありません。必要なことはただひとつ、この地上に生きている人々が自分たちのもつ霊的特質を発揮して、霊力をもっと容易に受け取れるようにするということだけです。しかし、残念ながら、ほとんどそのようにはなっていません。

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 239. (神はあらゆる生命の存在に関わっておられます)

 シルバー・バーチの教えを伝える本には彼の祈りを欠かすことができない。毎週、彼は交霊会のはじめに美しいことばで祈りを捧げた。祈りのなかでは、ただ一つの真実を力強く述べながら、常にその言い方は同じではなかった。以下は、その典型的な祈りの例であるが、これはいままでは印刷されたことがなかったものである。

 神よ、どうか私たちが霊界の法則の働きを明らかにしていくことが出来ますように。私たちがもっとよく神を理解し、神と生活上のあらある現象との関係、神と宇宙のなかのすべての神の子らとの関係をもよりよく理解していけるようになることをお祈り申し上げます。
 古い昔から、神はあまりにも誤解され、間違って解釈され、制約を受け、狭く限定されてきましたので、私たちは、完璧に作用する法則としての神を示していきたいと努めてまいりました。神はあらゆる生命の存在に関わっておられます。すべてのものがいのちを持っているのは神のみ力によるものであり、神に支えられているからにほかなりません。整然とした秩序のもとで創造されたすべての存在が神の法則を称えています。最高のものから最低のもの、最強のものから最も弱いもの、そして、鳥も、花も、木も、風も、海も、山も丘も谷も、陽光も雨も、嵐も雷鳴も、これらすべてのものは、ことごとく、神のいのちの表現でないものはありません。
 私たちは、人間の一人ひとりが、神の霊的なイメージに似せて創られたことを明らかにしていきたいと思います。神の霊はすべての人々のなかに顕れており、彼らが動き、呼吸し、生きていけるのも神が自分たちのなかにおられるからであり、自分たちも神の中にいるからです。神と神の子らとの間には、何びとも入り込むことは出来ません。神の子らがこころからの願望として、謙虚に、奉仕の心で神のみ力の道具となることを求めるときには、無限の貯蔵庫である神のすべての霊示、真理、叡智、顕現、知識が神の子らに与えられるのであります。
 私たちは、一人ひとりの魂のなかに潜む偉大さを明かしていきたいと思います。誤解のなかに閉じ込められ解き放たれるのを待っている巨大な力を示していきたいのです。その力は肉体を通して流れ出し、日々の生活のなかで高い霊性を表現しようとしているのです。私たちはまた、すべての神の子らが、望めば手に入るすべての富や幸せや美しさを自分たちの生活のなかから引き出していけるように、満ち足りて、麗しく、この世に生まれてきた目的を理解して生きていくようにしたいと願っています。
 また、私たちは、神が神の子らにより近くなっていきますように、神の子らが神にさらに近づいていけますように求めていきたいと思います。それによって、前途に立ちはだかるあらゆる障害を乗り越え、すべての束縛や制約を根絶して、この地上の神の子らが神を知り、奉仕によって神を顕していくようにしていきたいのです。それが、ひたすらに奉仕を求める神の僕、インディアンの祈りです。

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 240. (霊界の私たちはあなた方のすぐ傍にいます)

 交霊会が終わったときには、シルバー・バーチは締めくくりのお祈りを捧げて、参会者たちには、常に「大勢の霊界からの参列者」に囲まれていること、そして、参会者一人ひとりが生まれながらにして神聖であることを強調していた。以下が、そのような祈りの一つである。

 あなた方には、霊界の私たちの声は聞こえないかもしれません。私たちが見えないかもしれません。眼に映らず、耳に届かず、感ずることもできないかもしれません。しかし、霊界の私たちは、いつも近くにいることを知ってほしいのです。
 私たちはあなた方の近くに、すぐそばにいます。あなた方を愛しているからです。私たちはあなた方を愛しているがゆえに、つねにあなた方に奉仕したいと願い、そして、あなた方を通して、救いを求めている人々にも奉仕していきたいと思っています。世の中の弱者、生きる力をなくした人、路傍に投げだされた人、浮浪者、社会から見捨てられた人、真理を求めつつも世俗の教会の宗教では安らぎを得ることができず、疲労と苦しみの中で歩むべき道を見失っている人、魂が自らの表現を求めているのに、対立する諸派の教義や信条や指導によって窒息させられている人― このような人々に救いの手を差し伸べていきたいのです。
 私たちが教えている真理は、無限無尽の大いなる神の真理です。その真理は、一人のためのものではありません。すべての人々のための真理です。人類全体をすべて神の愛のもとに包み込んでいこうとする真理なのです。
 どうかあなた方が、あなた方のすぐ傍のまわりにある強大な霊力とこの地上世界に常に注ぎ込まれている偉大な愛を感じ取ることが出来ますように。あなた方を通して顕れようとしている霊示と、明かされるべき真理と、この世を照らしていこうとする叡智を受け止めていかれますように。奉仕を通じて、あなた方が強大な霊力を手に入れ、無限の神の力と、その背後の神に一つとなっていくことができますように。そして、どうか、神の法則と調和し、神の叡智に満たされて活動しながら、神の子らのための神の僕としての器になっていきますように。あなた方みんなに神のご加護をお祈りします。