霊訓原文161~200


 

 



 161. (愛する人たちが夢のなかで警告しようとするのです)


  予言的な夢の知らせというのは、霊界から伝えられるのですか。

 そういうことも時にはあります。霊界の愛する人たちが夢のなかで警告しようとするのです。また、別の場合には、夢の知らせは、眠っている人の幽体自身の経験からくることもあります。地上の束縛から解放されて自由になると、将来起こることについての情報もいくらか掴めるようになりますから、自分の前途に見たことについての警告を、夢の形で持ち帰るということもあるのです。

 睡眠中に魂が肉体を離れてしまったら、どうして肉体は生き続けられるのでしょうか。なぜ死んでしまわないのでしょうか。

 それは、まだ肉体と魂を結んでいる魂の緒がまだ繋がっており、意識も残っているからです。一度、魂の緒が切断され、肉体と魂の接続が途切れてしまいますと、もう生き続けることは出来ません。

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 162. (なぜ私たちが傷ついた魂を癒していかねばならないのですか)


 私たちは、この霊界が再び、戦争で傷ついた魂のための病院になってほしくはありません。私たちがお教えしようとしているすべてを、この地上に広めていく準備を早く整えてください。あなた方のなかで働いている私たちには、それがいま必要であることがわかるのです。それを、私たちが代わってすることはできません。私たちは、ただ、あなた方が道を間違えれば、どのような結果になるかがわかります。そして、地上で誤った行為が行なわれれば、霊界ではどのようなことが起こるかを、お教えすることができるだけです。
 私たちには、戦争による破壊と殺戮が目に見えます。その破壊と殺戮の結果、こちらの世界へ移る準備ができていないまま、多くの魂が霊界へやってくることになるのです。果実が熟する前に、生命の木から無理やりもぎ取られてしまうのと同じです。地上で生きていくための肉体を破壊してしまうのはあなた方なのに、なぜ私たちが霊界で、傷ついた魂を癒していかねばならないのですか。地上のあなた方が責任を果たさないために霊界へ来ることになった魂たちを、なぜ私たちが、自分たち自身の進歩を犠牲にしてまで世話をしなければならないのでしょうか。

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 163. (神は一人ひとりに自分の分身を与えられました)

  戦争を正当化するのは、地上世界のためにも正しいことではありません。物質的な面からいっても、戦争は破壊をもたらすだけです。私たちの霊界からみても、戦争は間違っています。法則の働きを阻害するからです。魂は自然の時が満ちて肉体から切り離されるべきなのに、地上の人間がその神聖な神の法則に逆らうとは、なんという身の程知らずでしょう。
 あなた方は、正しいことのために立ち上がるべきです。霊たちの事業を地上の盲目の者たちに妨害させてはなりません。あなた方は気がついていませんが、この地上では、いま、進歩や、平和と調和を目指す運動を覆そうとする組織的な努力が進められています。地上の人間は、すべてが神の子であって、人種によって人間を差別するのはやめなければなりません。垣根を作っているのは、人間であって神ではないのです。神は、一人ひとりに自分の分身を与えられました。だから、すべての人間は神の子です。

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 164. (なぜ破壊のみを追い求めようとするのでしょうか)

 地上には沢山の建設のための仕事があるのに、あなた方のなかで賢人といわれるような人々が、なぜ破壊のみを追い求めようとするのでしょうか。神は、すべてのことがらが秩序正しく進行するように、自然の法則を与えられました。地上の人々は、この法則を侵してはならないのです。この法則を受け容れて生きていかなければ、その結果は、破壊と混乱をもたらすだけになってしまうでしょう。あなた方はすでにそのことは、見てきたのではありませんか。
 あなた方一人ひとりに言いたいのですが、どうか、この地上に神の計画を実現させようとしている人々と共に、全力で、できる限りのすべての行為を捧げてください。神が流血を好まれるでしょうか。悲惨、困難、失業、飢餓、貧民窟や戦争を神が望まれるでしょうか。神が自分の分身である子らに与えられた豊かな恵みが、その子らの手には入らないことを希望されるでしょうか。両親が命を奪われて、幼い子供たちが庇護を受けられないようなことを、神が喜ばれるでしょうか。

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 165. (人を殺すことに囚われると理性は失われます)

 私たちはあなた方と同じく、神に仕えることだけを求めています。ですから、私たちが教えようとしていることにあなた方が信頼を寄せてくれるなら、どうかあなた方も、この仕事を助けてください。誰であれ、他人の生命を奪おうとする者は、神の法則への反逆者です。
 人を殺すことに囚われると、理性は失われます。あなた方のうちには神性が宿っていますが、動物であった時の名残も残っているのです。その動物性を抑えて、神性を輝かせることを学んでいく。そこにこそあなた方の進歩と発展があります。この動物性の側面をどこまでも曝け出していけば、戦争や闘争や殺戮がおこります。しかし、あなた方が神性を輝かせ、互いに奉仕しあうようになっていけば、平和と調和と豊穣が約束されるのです。

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 166. (愛の種を蒔いてください。そうすれば愛がやってきます)

 あなた方は、世界を国や民族で区別してはなりません。世界中の人々はすべて神の分身であることを、世に知らせなければなりません。人はみな神の子です。海を隔てて離れてはいても、神の目から見れば、みんな兄弟であり姉妹です。私たちの教えは簡単ですが、それが真理です。神の法則に基づいているのです。もしこの神の法則を無視してこの世を築き上げようとするならば、必ず、混乱と無秩序が生まれます。その時には、すべてを失うことになるでしょう。
 人類は今後よほどの努力と犠牲を払わなければ、この地上世界には多くの戦争が起こるでしょう。種を蒔いてしまったら、その結果は必ず刈り取らねばなりません。因果の法則を欺くことはできないのです。流血の種を蒔いておきながら、平和の実を刈り取ることはできません。物力を望んでおきながら、そこから起こる悲惨な結果を免れることはできません。ですから、どうか、愛の種を蒔いてください。そうすれば、愛がやってきます。平和の種を蒔いてください。そうすれば、平和が訪れます。どこにでも、奉仕の種を蒔いてください。そうすれば、世界中は人々の奉仕で満ちあふれます。これが、単純な神の真理です。あまりにも単純なので、世の中の“賢人”といわれるような人々でも、混乱してしまうのでしょうか。

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 167. (軍事力を誇示しながら休戦記念日を祝うのは感心できません)

 第一次世界大戦で犠牲になった戦死者の死は、少しでも世の中に役にたったでしょうか。


 何の役にもたっていません。地上の世界は、あの第一次世界大戦が始まった時に比べると、もっと混乱に近づき、さらに多くの破壊に満ちています。

 戦場でのどんな武勇も無駄であったということですか。それでは、戦死者の魂は浮かばれないのではないでしょうか。

 国のためという正しい動機で犠牲になった戦死者たちの魂は迷うでしょう。でも世の中が彼らを欺いたのです。物質主義が依然としてはびこっているわけですから、世の中は彼らの戦死を無意味にしてしまったことになります。

 休戦記念日の奉仕事業が毎年行なわれていることはいいことでしょうか。

 あなた方が死者と呼ぶ者たちのことを、全く忘れ去ってしまうよりは少しでも思い出してあげるほうがいいでしょう。しかし、銃や銃剣、兵隊、火器の発射など、すべて戦争に関係するものを持ち出して軍事力を誇示しながら休戦記念日を祝うというのは、感心できません。休戦記念日を霊的な奉仕の日にすることはできないものでしょうか。

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 168. (人々に対する奉仕活動によってのみ平和はやってきます)

  休戦記念日に心霊主義者たちが戦没者を悼む行事を継続していることには賛成されますか。

 演説が奉仕活動を助長させるようなものであれば、真理はどこで述べられてもいいことです。空虚な演説なら意味がありません。また、演説をしても、それを聞いている聴衆が自分たちも平和を望んでいるのだと自己満足して終わってしまうようでは、そのような演説は十分とはいえません。行動に移すことが大切です。実際に奉仕活動をしてほしいのです。弱い人々を力づけ、病気の人々を癒し、悲しんでいる人々を慰め、家なき人々には雨露を凌げる場所を与え、そして、地上生活の汚点になっているあらゆる虐待行為には終止符を打ってください。人々に対する奉仕活動によってのみ平和はやってきます。平和というのは、すべての人々が奉仕の理想を心に刻み込み、それを活動に移すまでは、決して実現しないでしょう。いままでもう19年間も、休戦記念日が繰り返されてきました。しかし、その休戦記念日は、いまでは、つぎの戦争の準備のための束の間の休息期間になってしまっているではありませんか。

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 169. (肩書きや称号に迷わされないでください)

 あなたは平和主義運動には賛成ですか。

 私は、どのような団体にも所属しません。私には特定の旗印はありません。ただ私は、奉仕だけを考えます。動機がどうであるかを問題にします。肩書きや称号に迷わされないでください。目標は何か、何を望んでいるのかを問い質して下さい。反対派のなかにも、誠実で善意の人はいるものです。私たちの教えは極めて単純なものですが、それを実行するには勇気が必要です。霊的知識と真理に基づいた新しい出発をする決意が為されさえすれば、そして、奉仕と利己主義の抑制が地上の日常生活でのすべての面に現われてくるようになればいつでも、世界には平和が生まれ、調和がもたらされるのです。
 平和や調和は、特定の団体によってのみ作り出されるものではありません。平和と調和は奉仕と利他の行動によって生まれることを理解し、それらを、日々の生活、政治、生産現場、行政機関、国際取引にいたるまで及ぼしていこうとする神の子たちによって、平和と調和は実現していくものなのです。私たちが知っている法則は真理に基づいたものであることを強調しておきたいと思います。その上で、確信をもって、それらの法則を適用していけばいい結果がもたらされるとお伝えします。あなた方は、物質世界にいてわかりにくいかもしれません。しかし、そのあなた方には、このようにして教えられたことを実行していく責任があるのです。私たちができることは、愛をこめて全力であなた方を導いていくことだけです。あなた方が正しい道を歩んでいる時に、いつでも力を合わせてあげることだけなのです。

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 170. (破壊兵器を造り続けていては決して平和はやってきません)

   ヨーロッパの列強が明らかに軍備を増強しているなかでイギリスだけが軍備増強を控えるというのは愚かとはいえないでしょうか。

 もう何度も言いましたが、あなた方は、一国家、一民族の立場でしかものごとを考えようとはしません。私は神と神のすべての子らの立場でものをみているのです。破壊兵器を造り続けていては決して平和はやってきません。平和をもたらすためには、世界中の人々が平和を強く望み、愛と奉仕の法則を守って生きていくほかはないのです。私には、一つの国とか一つの民族などという考え方はできません。世界中の諸国民は、すべてひとつであって神の分身です。みんな同じく神の子なのです。神の法則を地上世界でも守っていくのでなければ、戦争と破壊は何時までも続くでしょう。疫病、大災害、混乱、破滅も繰り返しおこることになります。

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 171. (生命は神のものであって人間のものではありません)

 霊界では制裁を認めますか。

 私の考えはお分かりでしょう。生命は神のものであって、人間のものではありません。人間が人間の命を縮めてはならないのです。制裁は神の法則に反します。もし制裁を行なえば、その報いを受けることになるでしょう。

 でも、この場合は、戦争をやめさせるための制裁ですから、動機は正しいといえないでしょうか。

 力の種を蒔けば、そこから生まれるのは、もっと大きな力だけです。地上の指導者たちも、戦争をしなければ戦争は止められない、と言ったのではなかったですか。

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 172. (彼らは自分たちの国家、民族、利益だけを考えています)

 国際連盟は支持しなくてもよいのでしょうか。

 国際連盟の理事国の中に平和を望む気持ちがありますか。彼らは心の底から平和を求めていますか。理事国の彼らに常に神の法則に基づいて行動するという確固たる信念があるのでしょうか。彼らはただ、自国に脅威が及ぶかもしれないものを排除しようとしているだけではありませんか。彼らは、神と神の子らのことを考えるのではなく、いまだに、自分たちの国家、民族、利益だけを考えています。私たちにとって大切なのは、常に変わらぬ神の原則であり、神と神の法則であり、その法則の働きです。ほかには考えられないのです。
 不完全な手段によっても一時的にはうまくいくことがあるかもしれません。でも、悪から生まれるものは、常に、悪でしかないでしょう。いつの日にか、地上世界も、愛が悪に打ち克つことを理解するでしょう。愛こそが神のみ心だからです。人々が愛の精神でいろいろな問題を解決していこうとすれば、この地上世界にも平和が訪れることになります。しかし、愛の法則に反するすべての願望は、崩壊と混乱と破綻をもたらします。あなた方はみんな神の子であるという根源を考えなければなりません。そうでなければ、永遠の平和を築くことはできないのです。

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 173. (利己主義は世界の混乱、災害、破滅をも生み出すのです)

 霊的法則を世界で起こる諸問題に適用することによって初めて平和が訪れるということを、地上世界の皆さんはお分かりでしょうか。利己主義は何時までも続く流血と悲惨と慟哭をもたらす戦争を作り出すのみならず、世界の無秩序、混乱、災害、破滅をも生み出すのです。
 利己主義を捨てて奉仕の精神を身につけてこそ、平和が訪れることを人類は学ばねばなりません。古臭い唯物主義や国家を強大にするための侵略主義などは捨て去って、その代わりに、お互いが奉仕の気持ちをもち、強いものは弱いものを助け、富めるものは貧しいものに与えるような生活が地上にいきわたるようにするのです。
 こころから平和を決意するのではなく、口先だけのことばで霊界へ移った戦死者たちを追悼しても、それでは戦死者たちを侮辱することになります。いままで、いろいろと平和のための手段は試されてきましたが、それらは、すべて人類を救うことはできませんでした。ただ一つ、霊的な真理を適用するという試みだけがまだ為されていません。それをしなければ、地上世界には、いつまでも戦争と流血が続き、遂には、人類が大いに誇りにしてきた文明そのものをも破壊してしまうことになるでしょう。

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 174. (あなたは物質世界では一部分しか表現されていません)

  1人の人間の意識が別々に分かれて機能することはありますか。

 あなたは一つの意識体ですが、物質世界では、そのうちのほんの小さな一部分しか表現されていません。そのあなたと同じ意識体には別の世界で表現されている部分もあるのです。

 独立した存在としてですか。

 いいえ、独立した存在としてではありません。あなたも他の世界の意識体も、みんな一つの内奥の霊的実在がそれぞれに反映されたものなのです。それらは全体の部分であり、部分に分かれた分霊が全体の一部として表現されているのです。それらの分霊がいろいろな媒体で機能しているうちに、合流して一つになることもあります。それらの分霊は潜在的にはお互いに相手の存在に気づいていますが、それも、自己表現を始めるようになってからです。やがて、お互いに共通の合流点を見出し、また全体のなかに集約されて一体になっていくのです。

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 175. (分霊の目的はあらゆる階層に分かれて経験を積むことです)

  これらの分霊のうちの二つが会っても、お互いに知らないということがありますか。

 大きな意識体があって、それが円になっているとします。そしてその円にはいくつかに分けられる分霊があって、それらが円の中心をめぐって回転していると考えてみてください。時には、それらの分霊同士が会うことがありますが、その時には、お互いに共通の円に属していることを意識します。いくつかの分霊が回転するのを止め、それぞれに決められた場所に落ち着くと、円は結合されて元の完全な姿になるのです。

 同じ霊の二つの分霊が、互いに連絡することはできますか。

 それが必要であれば、できます。

 同じ霊の二つの分霊が同時にこの地上に生まれてくることはありますか。

 それはありません。それは一つの霊全体としての目的に反するからです。一つ一つの分霊の目的は、あらゆる階層に分かれて経験を積むことであり、同じ界層に帰ってくるのは、そこで遣り残した何かが達成できる場合だけに限られます。

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 176. (進化していけばより大きな自我を意識していくようになります)

 一体の霊に属するそれぞれの分霊は、自からの進化については自らが責任を負い、他の分霊が学び取ったことからは恩恵を受けないというのは本当でしょうか。

 その通りです。個々の分霊はひとつの霊体の構成分子であり、さまざまな形で自我を表現しているのです。あなたも進化していけばだんだんとより大きな自我を意識していくようになります。

 それでは、これらの分霊が進歩を続けてある一点に達すると一体になるのですか。

 その通りです。無限の時間がかかりますが。

 これらの分霊は一度だけしか地上には生まれない、だから、魂全体からみれば再生は真実であるが、個々の分霊からみれば、再生は真実ではない、と考えてよろしいでしょうか。

 それは達成されるべき目的によって変わってきます。ある特別な使命が遂行される場合には、分霊でも二度も三度も再生することがあります。

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 177. (あなた方には生命の実体を理解することは出来ないでしょう)

 一つの生命の意識体の別々の分霊とはどういう意味でしょうか。

 それはとても答えにくい問題です。あなた方には生きるということの本当の意味がわかっていないからです。あなた方にとっての生命とは、実際は、もっとも下等な形で顕現されたものなのです。そのあなた方には、あなた方の考えうるすべてを超えた高い意識でひたむきに生きている生命の実体を理解することはとても出来ないでしょう。
 神秘家の最高の体験、芸術家の偉大な霊感、詩人の恍惚などといっても、それらは、私たちが霊界でいう生命の実体に比べれば、かすかな一片の影であるにすぎません。波動の遅い物質世界に閉じ込められて生命の実相がみえないあなた方に、意識体とは何か、どのようにして意識体が自分を表現できるのか、というような問題に、どうして私が答えられるでしょうか。
 どうか、私の苦衷を察してください。地上に比べられるものがあれば簡単に説明できるのですが、そこにあるのは、明と暗、光と影の違いぐらいなものです。地上の美しい虹の色を思い浮かべても、それだけでは、あなた方の理解と認識をはるかに超えた霊界の色彩の美しさは、とてもわかってはもらえないのです。

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 178. (説明しようにも地上には比べるものがないのです)

 それらの分霊は一つの人格が分割されてできた様々な面を表しているのですか。

 いいえ、そうではありません。それらは、一つの個性が持つ別の側面なのではありません。このような質問を出されると、生まれたときから盲目の人に太陽が輝いているときの空の色がどういう色なのかを説明しなければならないような難しさを感じます。説明しようにも、地上には比べるものがないのです。

 あなたの説明での生命の意識の分離というのは、あのマイヤースが述べている類魂説と同じですか。

 全く同じものです。ただし、マイヤースがいっているように、いろいろな魂が集まって一つの群れを作っているのではなくて、生命意識体のさまざまな分霊が合同して全体を完結するために集まることを言っているのです。

 生命意識体のさまざまな分霊がまた合同すると、分霊はそれぞれの個性を失ってしまうように思えるのですが。

 小川の流れが大海へ注ぎ込んでも、小川は消滅してしまうわけではありません。また、大海は多くの小川が集まった状態になるわけでもありません。交響楽団のバイオリンの音にしても、全体の音のハーモニーのなかに溶け込んでいきますが、だからといって、バイオリンの音が消えてなくなってしまうわけではないのです。

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 179. (以前に再生したことを知っている魂は大勢います)

 なぜ霊界は再生の証拠を私たちに示してくれないのでしょうか。

 交霊によっても説明のつかない再生の問題に証拠などありうるでしょうか。再生というのは、あなた方の意識の準備が整い、それが法則であることが明らかになって初めて、あなた方に受け容れられるのです。霊界にも、再生はないなどと言っている者が多くいるのも、そのためです。彼らが再生を否定するのは、彼らがまだ、再生が事実であることを知ることができる意識の段階に達していないからです。神秘家が自分の神秘感を世間のビジネスマンに話しても分かってもらえるでしょうか。芸術的感覚のない人間に、芸術家が自分の霊感を説明することは出来ないでしょう。それは無理なのです。お互いに精神的レベルが違っているのです。

 魂は、自分が何時再生するか、知っていますか。

 魂は知っています。しかし、それをこころで自覚することは出来ません。魂というのは大霊そのものであって、永遠に、少しずつ、一歩一歩自己を表現し続けていきますが、そのうちのどの段階でも、広大な領域が表現されずに残されているものです。

 それでは、魂は無意識で再生するのですか。

 その魂の発達段階によります。以前に再生したことを知っている魂は大勢います。知らないままの霊もいます。その場合でも、魂としては、あるいは、潜在意識としては知っているかもしれませんが、顕在意識では知らないのです。これは、生命の最も不思議な神秘に触れる問題で、あなた方の英語では、とても説明できそうにありません。

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 180. (愛はこの宇宙では最大のエネルギーだからです)

 生命が間断のない変化と進化を遂げるものであり、生まれ変わりが事実であるとすると、私たちが死んで霊界へ行っても愛する人たちと会えるかどうか分からないことになり、約束どおりの幸せな生活を共にすることはできなくなってしまうのではないでしょうか。

 愛は必ず成就されます。愛はこの宇宙では最大のエネルギーだからです。愛は常に愛するものを惹きつけ、また、必ず愛するものを見つけだします。愛するもの同士が再会するのを妨げることは、誰にもできません。

 でも、生まれ変わるということは、常に別れがあるということになります。それでは、永遠の祝福の観念と一致しないことになりませんか。

 一致しないのは、あなたのいう祝福の観念と私のいう祝福の観念でしょう。宇宙とそのなかの法則は、神が作られたものであって、神の子であるあなた方が作るものではありません。地上の賢者は、新しい事実に直面すれば、自分の考えを変えていきます。自分の考え方を通すために、事実を曲げようとしても、事実は曲げられないことを知っているからです。

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 181. (苦難の試練を経てあなた方の神性は現われてくるのです)

 今までに何度もこの地上に生まれ変わってきたとすれば、なぜ私たちはもっと進歩した立派な人間になっていないのでしょうか。

 あなた方は、地上に生まれて最高の聖者になることも、最低の人間になることもできます。最高になるにしても最低になるにしても、それは、地上に生まれるかどうかには関係がありません。魂がどれだけ発達しているかの問題です。

 私たちはいままでのように、これからの将来も、無限に苦難の生活を繰り返すことになるのでしょうか。

 そうです。無限に繰り返されます。悩みや苦難の試練を経てあなた方の神性は現われてくるのです。苦難によってあなた方の神性は試されます。ちょうど金塊が砕かれ、坩堝のなかで精錬されて初めて輝きをみせるように、あなた方の神性も、苦難によって浄化され、強められて、輝いてくるのです。そのような苦難の過程を経ないでは、あなた方の神性が金のように輝くことはできません。

 もしそうならば、死後の天国の意味がなくなるのではないでしょうか。

 あなたが今日、天国と思うものは、明日には天国とは思わなくなるものです。真の幸福というのは、今までよりも少しでも高い目標を掲げて、常にたゆまざる努力を続けていくところにあります。

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 182. (神の法則は完璧なのです)

 魂が生まれ変わる時には、前世に生きたときと同じ国に生まれ変わるのですか。例えば、インド人はインド人に、イギリス人はイギリス人にという風に。

 必ずしもそうとは限りません。新しい進歩発展のために必要な国と民族を選ぶことになります。

 男女の性についてもそうですか。

 そうです。前世と同じ性に生まれる必要はありません。

 死後私たちは霊界へ行って、この世で犯した罪の償いをさせられますが、さらに地上に生まれ変わった時に、また同じ罪で罰せられることはあるのですか。神は同じ罪を2度罰せられるのですか。

 それは、罰や償いの問題とは限りません。むしろ、進化の問題です。学ぶべき課題があるということです。魂の教育や進化の輪のなかで欠けている部分を補うためなのです。生まれ変わりが常に償いを意味するものではありません。残されている欠陥を修復していくという意味も、よくあるのです。時には魂を鍛えるためであり、学んでいない課題を学ぶことでもあります。罪や償いを意味するものばかりではありません。2度も罰せられることはないのです。神の法則が理解できるようになれば、あなた方はその完璧さに驚嘆するでしょう。決して、一方に偏ったりすることはありません。完璧なのです。神は完璧な存在だからです。

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 183. (死後存続はそれがわかれば解決というのではありません)

  霊界には、地上世界に一度または何度か生まれ変わっていることをはっきり知っている霊がいますか。

 います。魂は地上に生まれ変わったことを知る必要がある段階まで進歩すると、そのことがわかるようになります。眼は、光に耐えられるようにならなければ、光を見ることができないのと同じです。名前を特に挙げることはしません。それが証拠になるわけではありませんから。いままでも述べてきたように、生まれ変わりが事実であることは、霊的に説明できるのです。私は、神の法則については、私の理解しているかぎりのことを述べています。真理として知っていることだけを話しているのです。賛成できない人がいてもかまいません。知っていることを述べているだけですから。人が受け容れてくれなくて気にしません。私と同じくらい長く生きたら、その人も考えが変わるでしょう。

 生まれ変わりはいろいろと問題がありますから、死後生存に焦点をあてて考えていくほうがいいのではないでしょうか。

 暗闇のなかにいるよりは光の中にいるほうがましです。無知よりは知識を持つほうが、そして、神の法則は、知らないより知っているほうがいいのです。何もしないでじっとしているよりは、真剣に根気強く、真理を求めていくほうが、はるかに立派です。死後存続の問題は、それがわかれば解決というのではありません。問題はそこから始まるのです。あなた方が神の分霊であり、そのために何の苦もなく、そのまま死の関門を潜り抜けることができることを知っても、それですべてが終わるのではありません。そこからが、新しい進歩の始まりなのです。

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 184. (ご主人は今はあなたのもっと近くにいます)

 [最近夫を亡くした女性に =a=]

  あなたも、やがて、霊的の結びつきは物質的結びつきより強いことを理解し始めるようになるでしょう。あなたのご主人は、今は、かつて地上の世界に生きていたときよりも、あなたのもっと近くにいます。
 地上世界の進歩は、まだ物質の波動を超えていません。そのために、肉体的な別離は大きなショックになるでしょう。でも、地上の進歩がさらに進めば、物質はただの影にすぎないことがわかってきます。あなたも、いまは影の中に生きていますから、影が実体のように見えているだけなのです。
 あなたがもっと霊的に進歩すれば、光と光によって作り出されている影とを区別できるようになります。地上での結びつきははかないものですが、霊的な結びつきは永遠です。
 いまのあなたにとって深い悲しみと思えるものは、実は神の計画の一部であり、それが、やがて多くの人々にとっての大きな救いになるであろうことを、理解してください。個人的な目でこの悲しみを見てはいけません。いまのこの悲しみの経験を通して、多くの人々が救われるのであれば、それで、あなたも霊的に進歩するのです。それは、あなたも、やがてこの霊界へやってきてご主人と一緒になったときには、たいへん役に立つことになるでしょう。

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 185. (ご主人のただ一つの悲しみはあなたが悲しんでいることです)

 [最近夫を亡くした女性に=b=]

  「死んだ」ご主人は、あなたから去っていったのではありません。ドアを通り抜けて、新しい生活を始めているだけです。これはご主人にとっては大きな解放です。決して辛いわけではありません。そのご主人のただ一つの悲しみは、あなたが悲しんでいることです。
 あなたの進化の段階では、まだ霊的な波長よりは物質的な波長に感応しやすのです。そのために、あなたが親しい霊界の人々は、みんな、いまは、生きていた時よりはずっと近くあなたのそばにいても、あなたの物質的な波長が鈍重なので、その人たちの精妙な波長に感応できないというわけです。実はあなた自身も物質ではありません。あなたは本来が霊なのですが、地上の教訓を学ぶために物質界へやってきました。地上での教訓を学んだ後では、あなたは霊的に進歩します。だから、時には困難な教訓であっても、それは、学ぶに値しないということにはならないでしょう。
 物質的な尺度で永遠を測ってはいけません。大空の広さを測ることはできないのです。地上世界のことですら、はかり知ることは難しいではありませんか。それなのに、ほんの少しの間、地上に生きただけで、それで永遠のことが推し量れるでしょうか。

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 186. (自殺すればその代償を支払わなければならなくなります)

 [自殺はなぜいけないのか]

 深い愛情で結ばれた伴侶を亡くした人が、自分でいのちを絶つのは許されることでしょうか。


 いいえ、許されません。人は神の法則に従って生きていかなければならないからです。神の法則は、どんな場合でも、完璧に働いています。神はすべてのものに存在し、すべてのものを通じて働きかけています。神の法則は、その神と完全な愛によって守られているのです。人にはこの神の働きに干渉する権利はありません。もし、法則を犯して自分の命を縮めれば、その代償を支払わなければならなくなります。
 りんごの木から、まだ熟していないりんごをもぎ取ったら、そのりんごには甘みはありません。それと同様に、もし魂の準備がまだできていないうちに自分で自分を死に追いやれば、長い間かかって、過ちを調整しなければならず、その代償を支払わされることになるでしょう。また、そのようなことをすれば、愛する人たちとの間に深い溝が出来て、その人たちから自らを引き離してしまう結果にもなってしまいます。

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 187. (死ぬべき時がくれば人は自然の法則に従って死んでいきます)

  [安楽死は許されるか =a=]

  快復の見込みがなくて苦しんでいる患者には、医者が安楽死させることを法的に認めるべきだという意見にはどう思いますか。

 まず言いたいのは、すべての生命は神のものであるということです。肉体に死ぬべき時がきて、魂も自由になれる時になれば、人は、自然の法則に従って、死んでいきます。

 医術によって患者の生命を長引かせるのは、正しいと思いますか。

 そう思います。

 生命を長引かせることによって、苦しみが続くことになっても、ですか。

 そうです。ただ、一つのことだけは忘れないでください。魂は去るべきときがくれば去るのであって、この地上の世界では、この神の法則を変えることは決してできないのです。

 不治の患者を安楽死させると、その患者は霊界へ移ってからもっと苦しむということはありますか。

 それは、ありません。ただ、まだ準備のできていない魂にはショックを与えることになり、そのショックが魂に悪影響を及ぼします。その結果、霊界では、普通なら必要でない多大の調整をしなければならなくなるでしょう。

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 188. (霊魂が肉体のことを決めていくのです)

  [安楽死は許されるか =b=]

 私達に生命を延長させる力はありますか。

 あなた方は肉体を懸命に生かそうとしますが、これは正しいことです。しかし、魂が肉体を離れる時がやってくれば、あなた方にはそれを止めることはできません。

 なんとか命を長引かせようと努力しても、効果はないのですか。

 効果はありません。もし、医者が人間を生かしておけるのなら、死はないことになります。

 でも、しばらくの間なら、患者を生かしておくことは出来ますが。

 それは、患者がそれに反応できればの話です。患者に酸素を与えて、ほんの少し生存を延ばせるだけです。魂が霊界へ移る準備ができたときには、あなた方にはどうすることもできません。

 死ぬ時が決まっていて、正常な状態にある魂が準備が整った時にのみ、人間は霊界へ行くのだとすれば、人間の寿命が年々延びていくのはなぜでしょうか。

 地上世界が進化しているからです。肉体が霊魂のことを決めるのではなくて、霊魂が肉体のことを決めていくのです。

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 189. (妊娠中絶では動機が何よりも大切です)

  妊娠中絶を霊界ではどのように考えていますか。

 あなた方には、自由意志と、正しいことと間違っていることを見分けられる良心が与えられています。妊娠中絶では動機が何よりも大切です。何度でも繰り返しますが、どのような動機であるかが問題です。どのような動機で妊娠中絶をするのかが問われるのであって、それ以外は問題ではありません。

 しかし、妊娠中絶は神の法則に違反するのではないのですか。

 地上に二人の女性がいて、一つの霊だけが誕生することになっているとすると、その霊は、地上で自分を中絶しない女性のほうを選んで生まれてきます。そのように神の法則は完璧に働くのです。もし、子どもが生まれることがあなたの進歩になるのであれば、あなたは出産を希望して、中絶することはないでしょう。


 受胎の後、魂はどの時点で、新生児の体内へ入っていくのですか。

 多くの人は賛成しないかもしれませんが、精子と卵子が結合して一つになり、その小さな結合体に魂が生きる場があたえられた時、と私は考えています。その瞬間から、魂は地上で生き始めることになるのです。

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 190. (生きものに苦痛を与えるのは間違っています)

  [動物の虐待について =a=]

  最近は激しい苦痛をもたらすような動物実験が増えてきていますが、それについてはどう思われますか。多くの人々が、このような罪深い行為をやめさせようと努力していますが、霊界では彼らを助けてくれていますか。

 誰でも奉仕を望む者には、直ちに、霊界の霊たちが、その人を励まし、支えようとします。そして、その霊たちには、仕事を進めるための新しい霊力が与えらます。
 神の創造物である生きものに苦痛を与えるのは間違っています。ただ、人間を救いたいという動機だけにとらわれて、動物に苦痛を与えているということには気がつかず、無知のまま、動物実験を繰り返している人々が多いのです。それでも、彼らは、神の法則を犯していることには変わりありません。

  でも、もし何度も聞かされているように動機が何よりも大切だとすると、人間を救うためと考えて動物実験をしている人たちが、法を犯したということで罰せられることはないのではないでしょうか。

 その動機は善であるかもしれませんが、原則は変わりません。相手を傷つけることを知りながら、故意に苦痛をあたえる者は、その責任を意識していることになります。確かに動機は善であるとしても、苦痛を与えていることになるのです。これらのすべてが考えられねばなりません。私としては、相手に苦痛を与える行為に同意することは出来ません。

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 191 (抵抗できないものを実験台にするのは間違いです)

  [動物の虐待について =b=]

  動物は人類を助けるためにこの地上へ送られてきたのですか。

 そうです。そして、人類も動物を助けるためにこの世に送られてきました。

 でも、人類に役立つためというのは動物が作られた唯一の目的ではないと思いますが。

 そうです。それは、神のみ業のごく一部にすぎません。

 動機が善であれば、生体解剖も許されることがあるとお考えですか。

 いいえ。そのような残酷なことがどうして善でありうるでしょうか。相手を苦しめ、肉体を切り刻むことが、正しいはずはありません。それは私達の教えのすべてに反することです。抵抗できないものを実験台にするのは間違いです。

 ガンの治療法は、動物実験では見つけられないとお考えですか。

 地上で神の法にそむいて引き起こした病気を、地上で治す薬を作り出すことはできません。あなた方の病気のすべては、やがて治療法が発見されることになるでしょう。しかし、それは、動物実験によってではありません。

 この地上では多くの恐ろしい残虐行為が動物に加えられていますが、それを見ていて霊界ではなぜ止めようとはしないのですか。

 それは、全宇宙が自然の法則で規制されているからです。

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 192. (神の法則は神の子らすべてに用いられるためにあるのです)

  [霊視能力をもっていたある参加者に対して]

 あなたは、このサークルに参加して、神の使命を受け容れてきました。あなたには霊媒能力が与えられていますが、それを使いなさい。神が子らの一部に授けられた力は、ほかの神の子らのためにも使われなければなりません。そうしなければ、その霊能力は逆に、あなた方に災いをもたらすでしょう。それは、神のものを押しつぶそうとするようなものですから、あなたが押しつぶされてしまうのです。大きな力を閉じ込めておくことはできません。そんなことをしたら、破裂してしまいます。
 あなたは、自分の持っている霊能力を正しく使わなければなりません。神の法則は、私が作ったものではありませんから、それを変えることはできません。私ができることは、あなたを助けてあげることだけです。神の法則は、神の子らすべてに用いられるためにあるのです。地上の人間が、神より自分たちのほうが偉大であると考え、神の法則に背いていくようなことがあれば、この世には、さまざまな災害がもたらされることになるでしょう。


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 193. (あなたには自分で使える強大な霊力があります)

   [人々の不親切に深く傷ついているもう一人の霊能者へ: (a)]

 あなたには、強力で偉大な指導霊がついてくれています。あなたが、十分な信頼と信仰をもっていれば、すべてはうまくいきます。あなたは、神の道具ですが、自由意志をもっています。人間は誰にでも自由意志があるのです。どうか、あなたによって奉仕を受けられる多くの人々がいることを、忘れないでください。あなたには、自分で使える強大な霊力があります。自信をもって、その霊力を使ってください。その霊力が、あなたを妨げようとするすべてを一掃してくれるでしょう。
 あなたはたいへん繊細な感情の持ち主です。霊媒がもつあらゆる困難をあなたは受けています。それも神の法則なのです。この地上のあらゆる苦しみや悲しみを、私が代わりに背負ってあげることができればいいのですが。
 この世には、飢えと欠乏があります。食べものがなく飢えている人々を見て私たちが幸せであると思いますか。病気の苦しみを見て私たちが幸せだと思いますか。破壊兵器で殺され、肉体から離れてこちらへ送られてくる霊たちを見て、私たちが幸せだと思いますか。世の中の悲しみや苦しみに私たちは気がつかないでいると思いますか。でも、私たちが知っているのは、それらを正すのには、ただ一つしか道はないということです。
 地上の世界の誤りを私たちが取り去ってあげることはできません。新しい世界を作りあげていくのは、あなた方自身の努力によってです。霊的に敏感な者は、世の中の悲しみや苦しみに対しても敏感になって、霊能者としての責任を果たしていかねばならないのです。そのほかには、霊能者としてのとるべき道はありません。

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 194. (どうか神の光へ目を向けてください)

  [人々の不親切に深く傷ついているもう一人の霊能者へ: (b)]

 どうか物質的なことがらからは離れて、神の光へ目を向けてください。そうすれば、神の光があなたを包み込み、何ものもあなたのか弱い身体のうちに潜む不滅の魂を傷つけることができないことを知るでしょう。いろいろとあなたは身体的な重荷を受けることがあるかもしれません。しかし、そんなことが、あなたのうちにある神の金色の輝きを曇らせることはできないのです。
 もしあなたが、物質的なことにもいろいろと気を配ることができるのでなければ、もっとはるかに精細な霊の世界にどうして対応していけるでしょうか。目に見えるものを信じるのではなく、もっと目に見えないもの、神の世界、永遠の存在を信じるようにしてください。
 私の目の前の霊能者が苦しんでいるのを見るとき、苦しむことがわかるとき、私の目にはひとりでに涙が流れます。できることなら、苦しいことはすべて、私が肩代わりしてあげたいと思います。でも、それはできません。苦しみを通してのみ魂が清められていくというのが、神の法則なのです。

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 195. (霊能力は人のために使われねばなりません)
 
  [人々の不親切に深く傷ついているもう一人の霊能者へ: (b)]

 あなたは感受性の強い人ですから、それなりに傷つきやすいのです。でも、この世の最大の力である神の大いなる愛があなたを包んでいて、その力をあなたが使えることを忘れないでください。最高の賢者があなたに助言し、教え、支え、この世のさまざまな嵐や困難から常にあなたを守って平和な天国へと導こうとしているのです。そのことを信じてください。
 あなた自身のためには、霊媒の仕事を続けたほうがよいでしょう。霊能力は人のために使われねばなりません。私は霊力のことをよく知っているので、そう言っているのです。霊能力は閉じ込めておいてしまってはなりません。
 あなた方は、光と影の世界に住んでいます。霊界とは違った世界です。あなた方は、影の中にいるときには、光のことを忘れます。そして、光の中にいるときには影のことを忘れます。雪が降れば寒すぎるといい、太陽が照りつければ、暑すぎるといいます。太陽が照り付ければ雪が降ることを願い、雪が降れば、太陽が照ることを望むのです。目を地に落として、下ばかり見てはいけません。いつでも、明るい太陽を見上げるようにしてください。
 この世の楽しみも悲しみも味わいつくすまでは、あなたは偉大な霊能者にはなれません。暗さがあれば、それは過ぎ去っていく影であることを知ってください。
明るい太陽の光が、またふたたび、あなた自身の金色の輝きを照らし出してくれるようになります。


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 196. (奉仕を心がけている人は神性を発揮している人です)

  奉仕のためには、私たちも奉仕します。
 私たちへの呼びかけや訴えが、無視されることはありません。私たちは奉仕するためにここにいます。これは、いい加減に言っているのではありません。実際にそのとおりなのです。私たちは一生懸命に奉仕しようとしていますが、それは、奉仕によってのみ、神の愛を示すことができるからであり、あなた方が神の愛を示すことができるのも、奉仕によってのみです。
 神学者たちは、宗教を不可解な謎にしてしまいました。疑いや当惑や混乱をもたらせただけの空虚な言葉と教義を並べて、それを宗教としたのです。しかし、すべての宗教の本質とは、そして、あらゆる生活で望まれるのは、ひと言でいえば、奉仕です。
  自分を忘れて奉仕を心がけている人は、神性を発揮している人です。奉仕こそが、この地上世界には必要なのです。だからこそ、私たちは一生懸命に奉仕の精神を教え、さらに、それを実行するようにと促しているのです。あらゆる霧と闇の背後には、あらゆる疑いと恐れの背後には、あらゆる悲しみと争いの背後には、そして、あらゆる痛みと苦しみの背後には、常に永遠の目的があることを、どうか忘れないでください。あなた方の人生の大きな目的が何であるかを、どうか理解できるようになってください。

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 197. (あなたは決して一人ぼっちではありません)

 あなたは決して一人ぼっちではありません。困難と立ち向かっていくのに、一人だけで取り残されることはありません。見えなくても、聞こえなくても、感じられなくても、霊たちは常にあなたのそばにいて守ってくれているのです。このような霊たちの実在にほんの少しでも気づいてくれれば、地上の世界も大きく変わっていくことでしょうが。
 私たちは、あなた方を混乱の道へ誘い込もうとしている暗黒の魔王なのではありません。私たちがあなた方に教えようとしているのは、あなた方に理解と自信と安らぎと幸せをもたらすごく単純な霊的真理なのです。私たちは、あなた方に神にもっと近づくための法則がどういうものかを教えようと努めています。それが私たちの使命なのです。
 あなた方はみんな神の僕です。みずからの働きによって神の意思を地上に成就させようとしているのです。その働きには幸せが満ちあふれています。今までになかった新しい希望を多くの人々の生活にもたらすことになるからです。霊力が大きな力で地上に降りてくるのを助け、そのことによって、あなた方は神の法則が働くのを手助けしているのです。それは、世の中のすべての悲しみや困窮を駆逐するのにあなた方が貢献していることでもあります。

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 198. (あなたの背後にある力は宇宙最大の力です)

 あなたの背後にある力は、あらゆる生命を支配する神の力であり、宇宙最大の力です。この神の力を顕していかねばなりません。そしてあなたは、その力をこの世にもたらす手伝いをすることができます。そのために何をするかは問題ではありません。一人の人間を立ち上がらせてもいいし、励ましの言葉をかけるだけでもいいでしょう。霊的、物質的を問わず、奉仕を行なうことが大切です。あなたが奉仕に努めて怠ることがなければ、神の道具として役立っていることになります。
 世の中に、これほど多くの悲惨、紛争、不和がある間は、幸せな笑いはなくて涙がある間は、そして、飢餓、失業、多数の貧困がある間は、私達はどうしても同じ一つの真理を述べ伝えていかねばなりません。それは、神の子らを自由にすることのできるただ一つの真理です。

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 199. (どこであれ人に奉仕すればそれが宗教なのです)

 人に奉仕することをしないで、どうして神に仕えることができるでしょうか。地上世界では、ことばや名前やレッテルのことばかり気にしています。奉仕といえばよいのです。それを、あなた方は、政治学とか経済学とか社会学とかで難しく表現しようとします。それらは単に言葉の違いにすぎません。どこであれ、人に奉仕すれば、それが宗教なのです。
 上流社会であろうと、下層社会であろうと、奉仕はどこでしてもよいのです。一人でも弱っている人がおれば立ち上がらせてください。暗闇の中にいる人には光を与えてください。無知の牢獄に閉じ込められている人は解放してください。飢えている人には食べものを、のどが渇いている人には水を与えてください。争うのではなく平和をもたらせてください。そうすれば、そのとき、あなたは神に奉仕していることになるのです。

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 200. (守護霊のことを理解して協調していくべきなのです)

    [霊界からの指導]

  本人のために守護霊が一生懸命助けてくれているのに、本人はその守護霊の存在に気づかないことがありますか。


 そういう人は、無数にいます。しかし、本当は、守護霊の存在に気がつかないで、無知のままでいるより、守護霊のことを理解して、協調していくべきなのです。

 指導霊の存在を知れば、本人の力は増加しますか。

 本人と指導霊との接触がもっと容易になります。知らないでいるよりは、知っているほうがいつでも望ましいのです。光の中におれるのに、なぜ暗闇を好むのでしょうか。水が飲めるのに、なぜ喉をかわかしたままでいたがるのでしょうか。

 なぜ守護霊は、特定の一人の霊媒だけを相手にするのでしょうか。

 私たちの仕事のやり方や働き方についてまだ何もわかっていないようですね。私は、この霊媒を使って仕事ができるように準備するのに何年もかかったことを話してきました。そんなことを聞いている人は、私が、誰か別の霊媒を見つけて、最初から何年もかけてやり直してみせれば、満足してくれるのでしょうか。

 環境によっては、霊媒たちが霊能力を発揮できなかったり、時には、うつ病になったり、神経を病んだりすることがあるのは何故ですか。


 それは、その霊媒たちの霊能力が機能していないからです。その結果として、身体が調和を失ってしまうのです。