霊訓原文121~160


 

 



 121. (死ぬのが悲劇なのではありません)

  死ぬのが悲劇なのではありません。この世に生きていることが悲劇なのです。神の園が利己主義、貪欲、金銭欲という名の雑草で目もあてられないほどに荒らされている、それが悲劇です。
 死ぬというのは、肉体の牢獄に閉じ込められてきた魂が自由の喜びを味わうことです。魂が本来の姿に返り苦しみから解き放たれることがどうして悲劇なのでしょうか。魂が霊界の色彩の素晴らしさに触れ、この世のものではない美しい音楽に耳を傾けることが、悲劇でしょうか。痛みがなくなった体で、この世のあらゆるところを一瞬にしてみてまわることができ、同時に、霊界の美しさをも楽しめるようになったことを、あなた方は悲劇とよぶのですか。

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 122. (この霊界の美しさを地上の言葉で書き表すことはできません)

 この霊界の素晴らしさを、地上の絵の具でその一部でも描けるような画家は一人もいません。霊界の音楽の美しさを、少しでも楽譜に書きとめられるような音楽家も、地上には一人もいません。また、あなた方の世界のどんなに優れた作家でも、この霊界の美しさを、その一端でも、地上の言葉で表すことはできません。
 いつの日か、あなた方もこの霊界へくることになります。そのときには、きっと、この霊界の比類のない美しさに驚嘆されるでしょう。

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 123. (すべてが地上のものとは比べようもないほど美しいのです)

  いまは5月で、イギリスでは美しい花の季節です。まわりには一面に、再び、生命の目覚めが訪れ、どこをみても、神のみ業が美しい色取りを添えています。いっせいに咲き誇る花々の美しさと香りにこころを打たれて、これこそは、神の素晴らしい作品であると、あなた方は感嘆するかもしれません。
 しかし、あなた方の目の前のこの美しい光景も、霊界の美しさのほんの一端をおぼろげに反映させているにすぎません。霊界には、あなた方が見たこともないような美しい花があります。あなた方の目に映ったことのないような華やかな色彩があります。この地上では見られない見事な景色、山林、鳥、草木、小川、山々などもあります。すべてが、地上のものとは比べようもないほど美しいのです。いつかあなた方も、その美しさを見ることができるでしょう。もっとも、そのときのあなた方は霊界で霊体をまとっていることになりますが、それが、あなた方の本当の姿なのです。

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 124. (本当はあなた方は毎晩霊界を訪れているのです)

 あなた方は今でも霊界へ来ているのですが、そのことをあなた方は覚えていません。本当は、あなた方は毎晩、霊界を訪れているのです。いつか霊界へ移る時の準備のためです。そうしておかなければ、あなた方がいずれ霊界生活を真剣に始めるようになったときに大きな衝撃を受けることになるでしょう。あなた方が、この地上を去ってこちらへ来た時に、あなた方は霊界へ来ていたことを思い出すはずです。
 その時のあなた方は、肉体の制約からは解放され、睡眠中に持っていた意識を完全に取り戻すことができるようになります。その新しい状態のなかで、あなた方は、いままでに経験してきたことについてのすべての記憶を呼び起こすことになるのです。

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 125.(界層が低ければ低いほどその様相は現世によく似てきます)

 死んでから、霊界の低い界層へいく人は、どのような立場におかれることになりますか。彼らは睡眠中に霊界の、それも多分低い界層へ訪れていたことを思い出すでしょうか。また、その記憶によって彼らの立場が良くなることがあるでしょうか。

 低い界層へ引き寄せられていくことになる霊たちは、睡眠中もその低い界層を訪れます。しかし、その記憶があっても、死んだ後、自分が低い界層にいることをなかなか理解しようとはしません。というのは、彼らが行った低い界層の様子は、まだまだ、この世の現状によく似ているからです。
 霊界での界層が低ければ低いほど、その様相は現世によく似てきます。そこでの波長が粗いからです。霊界での界層が高ければ高いほど、波長はより繊細になっていくのです。

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 126. (霊界で私はあなた方をいろいろな所へ案内もしてあげました)

  私たちは目が覚めてから、夢の中で霊界へ行ってきたことを思い出すことが出来ますか。

 霊が肉体から離脱している時には、脳というこの世での制約からあなた方は解放されていることになります。そのときのあなた方の霊的意識は、それまでの進歩の程度に応じて霊界の波長に同調し、様々な体験をすることができます。そして、経験していることについての意識を霊としてのあなた方は持っています。しかし、一旦、霊が肉体に戻ってしまえば、睡眠中の霊としての経験を思い出そうとしても、思い出すことが出来ません。霊的意識のほうが肉体の脳よりは大きすぎるからです。小さいものの中に大きなものは入れることが出来ず、記憶は歪んでしまうのです。
 それはちょうど、小さな袋に沢山のものを詰め込もうとしているようなものです。少しは入れられますが、多くのものを無理に入れようとすればするほど、小さな袋は原形を保てなくなって遂には破れてしまいます。眠りから覚めて霊が肉体へ戻るときの状況もそのようなものです。ただし、あなた方の魂が進歩して意識も高い水準に達しているのであれば、霊界の状況を感じ取れるようになります。そうなれば、脳を鍛えて、記憶も残しておけるようになるでしょう。
 私は夢の中で霊界へやって来るあなた方の一人ひとりと語り合い、「このことを地上へ帰っても覚えておいてください」と何度も言っているのです。しかし、あなた方は覚えてはいません。
霊界で私はあなた方みんなと一緒にいたのですよ。いろいろなところへ案内もしてあげました。でも今は、このことをあなた方が覚えていなくても、決して無駄にはなりません。


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 127. (睡眠中の霊界訪問は準備のためです)

  睡眠中に多くの人々は霊界へ行って活動することもあるのですか、それとも、霊界訪問は、単なる死後の生活の準備にすぎないのですか。

 睡眠中に霊界で活動している人もいます。睡眠中でもあなた方が助けて上げられる人々が大勢いるからです。しかし、普通は、霊界訪問は準備のためです。地上を離れて霊界へ来たら、あなた方が霊界で活躍できそうないろいろな場所へ連れていかれます。そういうことが為されなければ、地上から霊界へと、急な環境の変化の中で受ける衝撃があまりに大きくて、立ち直るのに長い時間がかかってしまうからです。
 ですから、霊界のことをよく知っている人々のほうが霊界へ入っていくのも容易になります。知らない人の場合は、霊界に適応できるようになるまでに長い時間がかかり、眠って休まなければなりません。霊界の知識があれば、新しい状況を次々に経験していって霊界での新生活を実感していくことができます。ちょうどドアを開け外へ出て、太陽の光を浴びるようなものです。光に慣れていく必要があるのです。
 この地上でも霊界でも、何事も無駄に終わってしまうことはありません。そのことを覚えておいてください。あなた方が胸に抱いている奉仕のこころ、行為、願望の一つ一つが、どこかで誰かの役に立っていきます。あなた方が奉仕の気持ちをもちさえすれば、何時でも、そのあなたを助けたいと思う人たちが、まわりに集まってきます。

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 128. (自分の死を理解した時に初めて魂の目覚めがやってきます)

  死後のことを何も知らずに死んだ場合、その人たちは、地上の私達が思っていることに反応したり、伝えたいことを知ることが出来ますか。

 自分の死を理解した時に初めて、魂の目覚めがやってきます。したがって、死後の知識をもっていれば、それだけ目覚めが早くなります。私たちは、霊界についての無知、誤解、迷信、偽の教義、間違った神学を正していかねばなりませんが、これらは、新しい霊界での生活には何の役にもたたないからです。霊界に入った魂は、これらの過ちが正されるまで、長い時間をかけて霊界に慣れていくほかはありません。そのために長い休息の時間が必要になるのです。
 地上世界には、病人や怪我人を治療するための病院がありますが、霊界でも、病んだり傷ついたりしている魂は治療されなければなりません。しかし、地上で生きているうちに大きな愛で奉仕に身を捧げたような人は、死んだ時に、その人への善意や愛情や祈りがまわりから寄せられるので、その波長がその人を助け、魂の目覚めが早くなることがあります。

 

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 129. (人は死ぬことができません)

 霊魂不滅を認めず、死んだらすべてが終わりだと思っていた人が死んだ時にはどうなりますか。

 死というのは自然法則に反することで、ありえないことですから、人は死ぬことができません。ですから、そのような人は、いつか目覚めて事実に直面することになります。その目覚めにどれくらいの時間がかかるかは、その人の魂の進歩の程度―それまでにどれほど精神的に向上してきたかということと霊界の新しい環境にどのように同調していけるか、によります。

 そのような人が霊界へ移っていくのは、難しいことですか。

 それも、本人の魂の進歩の程度によります。一般的には、地上世界から霊界へ移るのは難しいことではありません。無意識のまま霊界へ移っていくのが普通です。霊界へ移っていくのを意識に留めているのは、進歩した霊だけです。

 善良な人で、霊魂は不滅であることを教わりながらもそれを信じようとはしなかった人は、死んだ時には、そのために苦しむようなことはありますか。

 善良とか善良でないとか、その意味がよくわかりません。大切なことは、その人がどのような生涯を送ったか、どのような奉仕をしてきたか、そして、内在する神性を発揮する機会をどのように活かしてきたか、ということです。それだけが問題なのです。もちろん、霊魂が不滅であることを知っているのは、知らないよりもいいでしょう。でも一番重要なのは、人々が自分の生涯をどのように毎日生きてきたか、ということだけです。

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 130. (死んでも愛し合っている二人は離れることはありません)

 愛し合っている二人は霊界でも一緒になれますか。また、若返りますか。イエスは、妻を娶ったり、嫁いだりすることはない、といっていますが。

 男と女が愛し合い、一心同体のようになって、地上にあっても同じような霊的レベルで生きてきたのであれば、死んでも二人は離れることはありません。むしろ、死によって二人の魂はもっと自由になり、地上にいたときよりも、より強く結ばれていきます。
 しかし、あなたが結婚と称する二人の結びつきが、魂の結びつきではなく肉体だけのものであるならば、そして、二人の魂が同じ霊的レベルでないのであれば、死によって二人は離れ離れとなり、それぞれに違ったレベルの霊的世界へ別れていくことになります。愛し合っている二人が霊界へ行って、若返ったり、老けたりすることはありません。ただ、成長や進歩、発展を経験していくだけです。肉体的にではなく、霊的な変化なのです。
 イエスが、妻を娶ったり嫁いだりすることはない、と言ったのは、肉体的な結婚のことで、霊的な結婚を意味したのではではありません。男がいて女がいて、お互いに補い合っているのです。女は男にとって必要であり、男は女にとって必要です。神はこの男女を合わせて完全なものとしました。しかし、この男女の差は、霊界での魂の進歩が進むにつれて、だんだんなくなっていきます。

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 131. (罪を犯した霊は以前よりも霊界の低い界層に降りてしまいます)

 霊界でも罪を犯すことがありますか。もしあるのなら、どのような罪がよくみられますか。

 勿論、霊界でも罪を犯すことがあります。霊界での罪というのは利己主義の罪です。ただ、霊界ではその罪はすぐに露見してしまいます。地上と違って、霊界では、利己的なことを考えただけで、すぐにそれが分かってしまい、その結果はたちどころに現れてくるのです。罪を犯した霊は、それが自身のなかに記録され、以前よりも霊界の低い界層に降りてしまいます。ただ、この利己的な罪がどういうものであるかは、地上のことばで明確に説明するのは困難です。利己的な罪としかいいようがありません。

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 132. (あなた方はいまは地上世界という牢獄の囚人なのです)

  肉体から離れて霊界へ移った時に私たちが身につけるものは、私たちが残してきた肉体と同じように、本物で固い実体ですか。

 地上を去るときに残してきた肉体よりも、はるかに本物で、ずっと堅固な実体です。地上というのは、もともと、全く実体のない世界なのです。霊界の影であるにすぎません。霊界こそが実体です。このことは、あなた方が霊界へやってくるまでは理解できないでしょう。

 私たちがいま感じているこの物質世界と同じように、霊界も霊的感覚では、自然で実体があると感じられるのですか。

 地上よりは遥かに自然で実体があると感じます。霊界が実体そのものだからです。あなた方は、いまは、地上世界という牢獄の囚人なのです。肉体という障壁にまわりを囲まれ、閉じ込められてしまっています。そのために、本当の自分というものを、ほんの少ししか現していません。

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 133. (自分の幽体が徐々に抜け出していくのが見えます)


 死に際して、息を引取った時、どのようなことが起こるのですか。

 もし魂の意識がはっきりしていれば、自分の幽体が徐々に抜け出していくのが見えます。それから、霊界でも目を開いてものが見えるようになります。自分を迎えに来てくれた霊たちの存在に気づき、霊界での新しい生活が始められるようになります。一方、死んだときに魂の意識を失っている場合には、霊界からの助けを受けながら死の関門を通りぬけ、その魂に必要と思われる場所、例えば病院とか憩いの家へ連れていかれて、そこで、霊界での新生活を自覚するようになるまで、過ごすことになるのです。

 この地上に住んでいる間に、愛し合っているのに因縁があって別れてしまった場合、霊界では一緒になることができますか。

 愛しているもの同士が、引き離されることはありません。

 この世を去って霊界へ移っていった時、その前に他界していた親戚たちと会うことになりますか。

 その人たちとの間に愛があれば、会いますが、愛がなければ、会いません。

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 134. (生命の存在する星が宇宙にはまだいくつもあるのです)

 霊界での生命は永遠ですか。

 すべての生命は永遠です。生命は永遠である神のものだからです。

 あなた方が住んでいる霊界は、地球とか太陽とか惑星を取り囲んでいるのですか。

 霊界がそのようなものを取り囲んでいるのではありません。霊界というのは、地理的な境界をもたないのです。また、球体とか惑星のような形をとって存在するものでもありません。霊界は広大な宇宙の一部です。あらゆる生命の世界のあらゆる生命の種々相と混ざり合い浸透しあったものです。この霊界のいくつかの領域については皆さんもご存知です。しかし、まだあなた方の知らない世界もあります。地上では知られていない生命の存在する星が宇宙にはまだいくつもあるのです。

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 135. (霊界では移動するのに時間と空間の制約はありません)

 霊界では移動する速さに制限がありますか。

 霊界では、移動するのに時間と空間の制約はありません。霊的生活を送っているものにとっては、どのような制約もないのです。私たちは、地上世界のどこへでも、行くことを考えた瞬間にもうそこへ移動しています。それが霊界でのすばらしい現実です。ただ、霊界では、自分の属する界層により、その界層に応じて移動する範囲が制約されます。その制約を越えることはできません。つまり、霊界では、自分の霊格が達した界層より上の界層へは行けないということです。これが制約といえば制約です。しかし、それは、霊的生活上の制約にすぎません。

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 136. (一つの霊界が無数の世界になって表現されているのです)

  生物が住んでいる宇宙の星々には、それぞれ別の霊界があるのですか。

 あなた方が霊界と呼んでいるものは、あらゆる星々のあらゆる生命を包含する大宇宙を霊的に言い換えたものに過ぎません。

 それでは、霊界というのはただ一つあるだけですか。

 そうです。ただ、その一つの霊界が、無数の世界になって表現されているのです。そして、地球が物質的な世界と霊的世界を持っているように、地球以外の星々もそれぞれに物質的世界と霊的世界があって、その星々の生命も一つの同じ霊界の中に包含されています。

          
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 137. (知っていることに対しては常に代償を払わなければなりません)


 絞首刑執行人や電気椅子操作者などの死刑執行者が霊界へ行ったときには、どのような裁きを受けますか。

 もしその人が、死刑執行が悪いことを知っていたのなら、知っていたが故の罪に問われて罰せられることになるでしょう。もし知らなかったのなら、罰せられることはありません。

 私たちが死んだ時に、肉食をしていたための罰を受けることはありますか。

 あなた方の魂が進歩して、神の被造物で弱い立場の生きものを食べるのは間違いであると知るようになっているのであれば、悪いと知っていることを行なったことで罰を受けます。そこまで魂が進歩していないために、肉食が間違いであることに気がつかないのであれば、罰せられることはないでしょう。知っていることに対しては、常に代償を払わなければなりません。その代償とは、責任のことです。

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 138. (いまでは私の思想のすべてをいつでも伝えることが出来ます)

 私が送るメッセージは、私の霊媒のもつ語彙と彼の魂の進歩の程度によって制約を受けます。それらによって、私がどの程度にまで表現できるか決まってくるのです。ですから霊媒の魂が進歩してくると、その分だけ、それまでに表現できなかったことも表現できるようになります。
 いまでは私は、ことばだけよりも、私の思想の全体をいつでも伝えることが出来ます。すべて私に必要なことばは、霊媒の脳の何処にあるかがわかるようになっているからです。それで、これまで伝えることのできなかった私の考えも、すべて、あなた方にお伝えすることができるのです。
 私がこの霊媒を通じて話し始めた最初の頃は、彼の脳のなかの或る一つのことばを探し出そうとしても、そのことばと関連する別のことばも飛び出してきたりして、困ったものでした。そこで私は、神経中枢、特に、脳の神経中枢をコントロールする方法を学び、正しいことばだけを拾い上げることができるようになりました。といっても、霊媒自身のことばも、少しは私の考えに染まっていることもありますから、霊媒の影響をすべて除去できるわけではないのです。しかし、そのために、私の考えていることをそのまま表現するのが、妨げられているようなことはありません。

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 139 (私も霊媒のコントロールを一歩一歩学んできました)

  西洋人の考え方は、私たちの考え方とはかなり違います。だから、私たちインディアンの霊が、西洋人を通して気持ちを正しく伝えていくことを学ぶのには、何年もかかります。私たちは、はじめは西洋人によって訓練を受けます。十分に学んだ後は、霊媒の素質を持っている人を使い、彼らが眠っている間に実験をしてみます。そしてやがて、霊媒をトランス状態にしたうえで、霊媒の口を通して話ができるようになるのです。ただ、それまでには長い間の訓練が必要です。
 人間の体の構造は非常に複雑で、そのことは、他人の体を霊媒として使ってみるまでは、わかりません。心臓を鼓動させ、血液を流動させ、肺を収縮させたり膨張させたりしなければなりません。すべての神経中枢には、正常な衝動を与え続けなければなりません。それに、霊媒自身の潜在意識の流れを断ち切って、自分の考えが常に流れ込んでいくようにする必要もあります。決して生易しいことではありません。
 このようなことは、はじめのうちは、霊媒を通して話すたびに、いつでも、意識していなければなりません。こうしてだんだんと進歩していくのです。赤ん坊が歩くためには、まず、両足を交互に前に出していくことから学びます。それと同じです。歩き始めたらもうそのことは意識しません。私も、霊媒をコントロールすることを学び始めた頃は、このように一歩一歩学んできました。いまでは、もう、そのコントロールも、自動的に行なえるようになっています。

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 140. (霊媒の潜在意識には通信の回路を作っておかねばなりません)

 霊媒の潜在意識を手中に収めることができた時には、長年の訓練ですでに相手の考え方をしかるべき方向へ導き、しかるべき方法で表現し、しかるべき思想を用いることができるようになっています。私たちは霊媒に自分の思想や考えやことばを流し込んでいくように努力しますが、それは、相手の潜在意識のなかに新しい通信のための回路を作ってメッセージを伝えられるようにするためです。
 もし、霊媒の潜在意識の中にすでにある思想と似たような思想を利用する場合には、その思想を、潜在意識のなかで霊媒が使い慣れた既存の回路のほうへ押しやればよいのです。これは蓄音機にレコードをかけるのと同じで、円盤の溝に針を置けば、すでにある溝に沿って針は回っていくようなものです。しかし、独自の考えを伝えていくためには、やはり新しい溝を作っておかねばなりません。

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 141. (私はこの部屋へは壁を通り抜けて入ってきます)

 私がこの部屋へ入ってくるときには、壁を通り抜けて入ってきます。私の波長では、壁は物質とは感じないからです。けれども、私が霊媒のオーラの中に入り込むと、固い壁に囲まれた感じになってしまいます。霊媒の波長に私の波長も合わせてしまうからです。霊媒のオーラは私にとっては牢獄になり、私は霊媒の肉体の感覚に制約されるようになります。
 その場合、私は波長を下げなければなりませんし、霊媒の波長は上げなければなりません。私がその操作を習得するのには、15年もかかりました。
 私が霊媒のオーラに入り込んでいるときには、暗闇になっていて、ものを見ることができません。霊媒の肉体の制約を受けているからです。霊媒が子どもの時に学ばねばならなかったことはすべて、私も学ばねばなりませんでした。ただ、霊媒の足を使うことはないので、足の使い方は学びませんでした。霊媒の脳と手の使い方を学べばよかったのです。
 私が霊媒をコントロールしている間に、他の霊からのメッセージを代弁する時には、私は霊媒の耳ではなく、自分の耳でそのメッセージを聞いています。それは、霊媒のオーラと私のオーラが違うからです。私のオーラは、霊媒のオーラのように鈍重ではありませんから、私が霊媒のオーラの中にいる間でも、時には、他の霊たちが私にいろいろな考えを伝えてくることもあります。これは、あなた方が電話をかけているときに、同じ部屋にいる別の人とも話をすることがあるのと同じようなものです。そのときには、二種類の異なった波長があることになります。あなた方は、この2種類の波長を同時に使うことはできませんが、交互に使うことはできるのです。

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 142. (死は捕らわれていた鳥が自由に解き放たれることなのです)

 あなた方の物質世界というのは、緩慢で鈍重な世界です。あまりにも粗雑で重苦しいので、霊界から通信を送る場合でも、霊のほうのより高い精妙な波長を懸命に下げていこうとすると、途中で霊感が失われてしまったりします。私のいる光の世界に比べれば、あなた方の世界は、暗黒で陰湿です。
 あなた方は、目も眩まんばかりに光り輝く太陽の本当の素晴らしさを見たことがありません。あなた方が見ている太陽は、色あせたまがい物なのです。ちょうど月が太陽の影を反射しているように、地上の太陽は、霊界の太陽のくすんだ反映であるにすぎません。
 私がこの地上へやってくるときには、籠に閉じ込められた小鳥のようになります。霊界へ帰っていくときには、無限の大空に放たれ喜び勇んで飛んでいく鳥のようになります。あなた方が死と呼ぶものは、鳥かごの扉が開いて、捕らわれていた鳥が自由に解き放たれることなのです。

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 143. (高度の教えにはもっと高い波長を使わなければなりません)

 私があなた方から通信を頼まれるときには、あなた方宛ての通信を伝えてくる波長に私が同調します。そうすると、通信を受け取れるのです。その時の私は単なる代弁者にすぎません。非常にいい状態の時には、私はすべての通信を受け取れます。しかし、交霊会の部屋の近くで、なにか邪魔が入ったりして状態が悪くなると、混乱が起こります。その場合には、通信の回路が切断され、別の通信に切り替えなければなりません。つまり、波長の新しい回路で通信を始めることになるのです。
 個人的な霊からの通信を伝える場合には、私は、自分が聞いていることをひと言ひと言、繰り返して相手に伝えることができます。その場合の波長は、私が霊媒を通じて話しかける場合の波長と同じだからです。しかし、高度の教えなどを取り次ぐ時には、別の意識を使わねばならないので、波長は同じではありません。その場合は、ちょうど、地上の霊媒が霊界の私たちに印象を与えられるのと同じように、符号、心象、画像、直感などによって印象を受け取ります。その時の私は、あなた方がシルバー・バーチとして知っている波長よりは、もっと高い波長を使わなければなりません。
 画家が霊感を受けるときには、平常とは違った波長で反応するものです。その状態のときの画家は、霊力を受け取って、その力でカンバスに心象を描いていきます。霊感が無くなってしまうと、もうそういうことはできません。私が霊的真理の法則の一部をあなた方に伝えようとする時には、高級霊の霊力に感応するように自分の意識を高めなければなりません。それによって、高級霊は私に感応し、私を道具として使うことができるようになるのです。

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 144. (霊媒の肉体器官を思いのままに使えるようになります)

 通信霊は、霊媒の体の中に入り込んで話をするのですか。

 いいえ、いつもそうとは限りません。たいていの場合、通信霊は、霊媒のオーラを通じて、霊媒を動かしています。

 通信霊は、霊媒の発声器官を使うのですか。

 時にはそうすることもあります。現に私はいま、この霊媒の発声器官を使っているところです。ただ、もし私がそのつもりになれば、私自身の発声器官を作って話すこともできのですが、それでは、エネルギーの無駄遣いになってしまうでしょう。私はまず、霊媒の潜在意識を支配します。そうすると、霊媒の肉体器官のすべてを思いのままに使えるようになります。この場合、これは本人の承諾を得てあるのですが、霊媒の意思を私の意志に置き換えます。そして、しばらくの間は、私が霊媒の体を自由に操れるようになるのです。通信が終わると、私は霊媒のオーラから身を引き、彼の意識はもとの通りに戻ることになります。

 霊媒の幽体も、体の外へ追い出してしまわなければならないのですか。

 時々はそうします。しかしその場合でも、幽体は常に肉体と繋がっています。

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 145. (最も大切なことは皆さんがこころに愛を持つことです)

 交霊会を開くときには、交霊の妨げになるようなものはすべて取り除くように留意しなければなりませんか。

 そうです。注意すべき最も大切なことは、皆さんがこころに愛を持つことです。そうすれば、愛に満ちたものだけが皆さんのところへ集まってきます。


 交霊会が開かれる時には、霊界でもなにか準備がされるのですか。

 準備は必要です。まず、交霊のための回路を確立しなければなりません。霊界のサークルと皆さんのサークルとの調和をはかり、回路が開かれるように努めます。通信に必要なすべての要素を取り入れて最良の結果を生み出せるように力を尽くします。そのために高度に組織された集団の中で私たちは働いているのです。

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 146. (こころに怖れや心配や悲しみを抱え込んではいけません)

 霊界へ行った人たちと心が通い合うようにするのにはどうすればいいでしょうか。

 あなた方と愛しあっている霊界の人たちは、あなた方を決して見失うことはありません。彼らは、自分たちの愛が及ぶ範囲内にとどまって、それより遠いところへ行ってしまうことはないのです。彼らが愛を感じていれば、そこに彼らはいます。あなた方から離れてしまうことはありません。時には、彼らは他の誰よりもあなた方に近くいます。また時には、彼らはあなた方に働きかけようとします。あなた方も、より多く彼らと心が通い合う時もあれば、恐怖や心配や悩みに取り付かれて壁を作ってしまい、彼らが近づきにくくしてしまうこともあります。あなた方が悲しがったり涙を流したりして、霊界の愛する人たちを遠くへ押し流してしまうこともあるのです。しかし、あなた方がこころ静かで安らぎに満ち、明るさ、希望、信頼、信仰、自信などをもっていれば、いつでも、霊界の愛する人々の存在を感じることができるでしょう。
 私たち霊界の者は、出来るだけあなた方に近づこうと努めています。しかし、どれくらい近づけるかは、あなた方の気持ちの持ち方や、魂の進歩、成長にかかっています。霊的なことに何の関心ももっていない人たちには、私たちも接触するすべがありません。逆に、霊的な意識と理解があり、魂が活気に満ちていれば、私たちも接近して、交わりを深め、一体となる絆を作り上げていくことができます。ただ、私たちが接触できる人たちは、心霊主義者に限っているわけではありません。霊的なことがらに知識と理解があれば、心霊主義者であるかどうかは、関係ないのです。ですから、どうか、こころ静かに、気持ちが通い合えるようになってください。そうすれば、私たちももっと、あなた方に近づいていけることでしょう。こころに怖れや、心配や、悲しみを抱え込んではいけません。それらはあなた方のまわりに、私たちでも突き抜けることが難しいような深い靄を作り上げてしまうからです。

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 147.(あなた方には私たちの進歩を妨げる力はありません)

  私たちが霊界へ行った愛する人たちに念を送れば、その念はいつでも届きますか。

 それは、はっきりと肯定も否定もできません。魂がどれほど進歩しているかに関わってくるからです。もし、そちらで亡くなって私たちの霊界へ来た人が、そちらのあなた方と精神的、霊的レベルが同じであるのなら、その念は届きます。しかし、両者の間の魂の発達程度が違いすぎて離れてしまっている場合には、その念は届きません。

 亡くなった人たちのことをあまり考えすぎると、それらの人たちの霊界での進歩を妨げてしまいますか。

 地上に生きているあなた方には、霊界にいる私たちの進歩を妨げる力はありません。私たちの霊的進歩は、ひとえに、私たちがどのように行動するかによって決まるのであって、地上のあなた方には、関係がありません。

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 148. (誰でも神に仕えようと志す人は神のための霊能者です)

 どうすれば霊能者や霊視能力者になれますか。

 誰でも神に仕えようと志す人は、神のための霊能者です。人間がどのようにして魂を進歩させていけばいいのか、また私が言わねばならないのでしょうか。そのことについては、もう何度も言ってきました。自分を愛するように人を愛しなさい。奉仕をしなさい。こころを高めなさい。自分に内在する神性を顕していくためには出来ることは何でもしなさい。それが最高の霊能者の姿なのです。どのようにしたら霊視能力者になれるかはどうでもよいことです。そんなことより、魂の目をしっかりと開いて神の光が届くようにしなさい。それも、霊能者への道と同じことです。

 神秘主義者が世俗を離れて孤独の中で瞑想にふければ、優れた効果は得られますか。

 その「優れた効果」の中味によります。物質社会の俗塵を避けて過ごせば、確かに霊力の開発には役立つでしょう。その意味では、優れた効果があります。しかし、世俗を離れるよりもむしろ世俗の中に在って、刻苦勉励し魂の進歩を遂げ、それによって神から与えられた力で社会に貢献するほうが、私にはよほど立派な「優れた効果」だと思われます。

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 149. (あくまでも協力し合っていくことが大切なのです)

 私たちはこの霊界では一人で活動することはありません。協力し合うことが法則になっているのです。私たちは、為すべき仕事のために必要な最適の人材を集めて、全体としてできるだけ完璧な集団を作り上げていきます。そして、そのうちの一人が集団全体の代弁者になります。私はそのような一集団の代弁者なのです。協力し合って仕事をするほうが、個別に仕事をするよりは楽にすすめられます。仕事の成果は、集団の一人ひとりが力を合わせた結果であるということになります。
 集団の一人ひとりの個性が、完全に全体に溶け込んでいけばいくほど、仕事の成果は上がっていきます。それは、すぐれた霊媒であればあるほど、霊媒と通信霊との融合がうまくいくのと同じです。そうでなければ、集団の中では、摩擦や不調和が起こってしまうかもしれません。
 あなた方の地上世界でも同じことです。一人ひとりには割り当てられた仕事があります。指導者が賢明であれば、それぞれに最適の仕事を割り当てて、全体としては最良の結果を生み出すでしょう。これは、あなた方のオーケストラのようなものです。一人ひとりが異なった楽器を奏でていても、調和の取れた演奏をすることによって完全なチームワークが得られるのです。もし、楽団のただの一人でも出す音を間違えてしまえば、その他の楽団員がいくらすぐれた演奏をしても、全体としては不調和になってしまいます。あくまでも協力し合っていくことが大切なのです。

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 150. (一番大きな力はあなた方一人ひとりから出ている力です)

  心霊現象を起こす場合、列席者の心霊力も利用されるのですか。室内の器物も利用されますか。

 はい。敷物、カーテン、本、家具など、何でも利用します。私たちには物質的な肉体はないので、ここでは物質を使わなければなりません。そこで、ここにある物質から、ある程度、物質の原料になるものを取り入れる必要があるのです。それらの物質を壊してしまわないように、私たちは、少しず色々な物から取り出しています。そうしなければ、家具などは、ばらばらに壊れてしまうでしょう。

 物質化現象を起こすときの実験室では、カーテンなどの傷みが早いことがありますが、それは、そのためですか。

 そうです。そのためです。でも私たちは慎重にやっています。時には、物質化現象に必要な色を物質から取り出すこともありますが、あなた方が私たちの仕事をもっとよく知るようになれば、少しも無駄はないことが分かってもらえるでしょう。しかし、一番の大きな力は、あなた方一人ひとりから出ている力です。それが最大の材料です。
 霊媒は、交霊能力だけではなく、自分たちの魂の力をも発達させなければなりません。霊媒の魂が持つ力が大きければ、エクトプラズムの質も高まることを知ってください。私たちが扱っているのは、石ころや棒切れではなく、霊媒が持っている生命の核なのです。霊媒の持っている思想や人格や知性は、すべてエクトプラズムのなかに注ぎ込まれていきます。

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 151. (魂が進歩していくのは沈黙や調和や愛の中にいる時なのです)

 交霊会で霊的現象が起こるのを待っている間の時間は無駄にはなっていません。あなた方は辛抱強く待っていますが、その間でも、常に大いなる進歩が続いていることを知ってください。あなた方と私たちとの結びつきは強められ、あなた方は自分たちの魂の力をまざまざと意識するようになります。成長や開明や進化がいつも起こっているのです。
 あなた方の魂が目を開き、だんだんと波長が高まっていくにつれて、あなた方はさらに高い偉大な霊力に結び付けられていきます。その霊力は、見えることもなく聞こえることもありませんが、霊的な永遠の実在です。そして、それがあなた方の生命の実体なのです。あなた方は幻を捉えようとして実態のない影を追いかけ、つかの間の現象を確保しようとしてあくせくしています。しかし、あなた方の魂が常に進歩していくのは、沈黙や調和や愛のなかにいるときなのです。その進歩は遅いかもしれませんが、間違いはなく、確実です。

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 152. (神こそあらゆる霊感の源泉であり中心です)

  あなた方一人ひとりに内在する神の力は顕れ、力を増し、あなた方もより多く自分たちの神性を発揮できるようになります。それは、あなた方がみんなこの場所に顔を合わせて、一つにまとまっているからです。むかしイエスが言ったように、人が二人でも三人でも心を一つにして集まれば、そこには必ず神が在って祝福を与えてくれるのです。私たちも同じ真実を教えているのですが、人々は聞いてくれません。
 真理は不変です。人の心は変わりますが、真理というのは知識に基づいており、知識は神からくるものですから、変わることはありません。神こそ、あらゆる霊感の源泉であり、中心です。それは大変単純でわかりやすい真理ですが、地上では、これが非常に難解なものにされてしまいました。

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 153. (調和と愛があの世との架け橋を作るのに役立つのです)

 こころを神に向けてここに座っている限り、あなた方の時間は無駄にはなりません。調和と愛の気持ちをもちながらここに集まっていれば、そこには力が生まれて、あの世とこの世との架け橋を作るのに役立つのです。その橋を渡って、霊界からは多くの霊がこの地上へやってきて、新しい光、新しい力、新しい希望をもたらしてくれるでしょう。どうか、そのことをいつも忘れないようにしてください。私たちがいまここで、笑ったり冗談を言い合ったりしている間でも、その背後には、大きな目的があるのです。
 その目的とは、あなた方の一人ひとりを通じて、神の法則がこの地上にもっと十分にいきわたるようにすることです。今までも、あなた方は、この目的に向かって献身してきました。この共通の目的をさらに強く持ち、神の力をもっと受け容れようとすればするほど、あなた方は神の力をもっと多く、この地上へもたらすことができるようになるでしょう。


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 154. (あなた方は神であることを忘れないでください)

 交霊会での笑い声はいい結果を生みますか。

 あなた方の魂が幸せであればあるほど、それだけ神に近づいていることになります。あなた方は神であることを忘れないでください。この地上であなた方を傷つけることが出来るものは何もないのです。そのことを、私は長い間、教えようとしてきました。もしあなた方が、物質的なことで心を悩ましているのであれば、この教えを学ぶことは出来ないでしょう。
 でも、物質的なものを無視しなさいといっているわけではありません。あなた方は物質世界の中で生きていますから、その物質世界に責任を負っています。しかし、あなた方が神であることを忘れてはなりません。神はあなた方のなかに在るのです。神の力は、あなた方の力です。その力が、あなた方にすべてのものに打ち勝たせるのです。
 その神の力をよく理解すれば、あなた方は一切の悪を退け、あらゆる病を克服し、すべての障碍を乗り越えていくことが出来ます。それなのに、その力を使っている人は、ほとんどいません。むかし、イエスも、「神の王国はあなた方の中にある」と、教えたではありませんか。

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 155. (霊的証拠を手に入れるのは魂の成長と何の関係もありません)

 どれほどの霊的知識を私たちが持てるかは、私たちの受け入れる能力によって決まってくるといわれています。それならば、霊的な準備ができていない人が、霊媒を通じて霊的な証拠を求めるというのは賢明であるといえないでしょうか。

  霊的証拠を手に入れるのは、魂の成長と何の関係もありません。あなた方の霊的な受容能力というのは、あなた方が真理を受け容れるために、どれだけ霊的世界へ入り込んでいけるか、どれだけ魂が進歩して真理を理解できるようになるか、ということです。それを霊的証拠を手に入れるのと混同してはいけません。この二つは、関係がないのです。世の中には、生命が永遠であるという証拠を手に入れていながら、魂は霊的なものに触れていないような人々もみられます。

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 156. (あなた方は死んで初めて本当に生きることになるのです)

 地上世界では、小さな意識しか持つことができません。そのあなた方が大きな意識の中で起こることを記憶しておくのは困難です。あなた方は死んで初めて本当に生きることになるのです。
 人は誰でも、眠っているうちに霊界を訪れます。これは、将来の霊界での生活に霊魂を慣らしておこうとする神の定めた準備の一部です。こうすることによって、最後の別れの時を迎えても、霊魂はかつての記憶を甦らせて、ショックを受けることもなく霊界の新しい環境に順応していくことが出来るのです。これはちょうど、あなた方が子どもの頃に過ごした場所へ行ってみれば、いろいろと思い出してくるのと同じようなものです。
 霊界を訪れて、何処まで行くことができるかは、魂の進歩の程度によってきまります。睡眠中は、誰でも霊魂になって動きまわることができますが、なかには、行動範囲が限定される人もいます。
 睡眠中に霊界を訪れて、暗黒の世界へ行くような人もいないわけではありません。これは、本人の魂の状態がそこへ行くのにふさわしいからか、或いは、自から希望して、そこで奉仕活動をするために行く、という場合です。

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 157. (睡眠中の経験を思い出せるように訓練することは可能です)

 地上世界の霊体を傍につれてくることで援助できるような霊が霊界には沢山います。聖書にも、イエス・キリストがいわゆる地獄へ降っていくのを書いているところがあります。あれは、イエスが眠っている間に行ったわけではありませんが、原理は同じことです。
 睡眠中のいろいろな経験を思い出せるように訓練することは可能です。ただ、それは意識を訓練して感じた印象を脳細胞に記録しなければなりませんから、集中的な訓練が必要になります。それは、人によって、容易にできる場合と、そうでない場合があります。肉体と霊体がどれだけ緊密に連携できるか、が問題なのです。それが容易にできる人は、優れた心理的霊媒の素質があるといえるでしょう。
 
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 158. (霊界を訪れる夢は記憶には断片的な形でしか残りません)

 夢とは何でしょうか。夢の中には霊界への旅の記憶とはとても思えないものもありますが。

 夢というのは種々様々です。あるものは、肉体的な原因によるものとして説明できます。睡眠中に脳が静かになっていると、一種の反射運動として夢を見る、というふうにです。あなた方が食べた食べ物によって起こる夢もあります。しかし、これらとは別に、霊界へ行っていろいろと経験する夢をみることがあります。ただ、この霊界を訪れる夢は、記憶には断片的な形でしか残りません。あなた方が夢の中で霊界へ来れば、地上の束縛から解放されて自由になります。ところが、そのひろい霊界での経験は狭い地上世界人間の記憶の中には収まりきれません。だから、霊界の夢を思い出そうとしても、地上ではしばしば、歪められてしまうのです

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 159. (あなたとは肉体を使いながら生きている意識そのものです)

 睡眠中に霊魂が肉体を離れると、肉体はあたかも空き家のようになってしまいますが、この場合、地上の浮遊霊などに憑依されないように、何らかの手配がなされているのですか。留守中の肉体が不法に乗っ取られないように、守ってくれる守護霊がいるのですか。

 憑依されるような条件が揃っていない限り、こういう場合、自然法則によって、未発達な霊に憑依されることはありません。霊は肉体の中にあるのではありません。霊の波動は、肉体とは同じではありません。本当のあなたは、肉体の中にいるのではなく、心臓と肺の間に押し込められているわけではないのです。あなたとは、肉体という地上の機械を使いながら生きている意識そのものです。
 眠っている間、あなたという意識は、肉体を通して自己を表現する代わりに、霊体によって自己を表現していきます。だからこそ、霊界で活動することも出来るのです。留守中の肉体に誰かが入り込んでくるようなことはあり得ません。あなたが肉体に入り込むためのドアを開けたから、誰かが入ってきてそのドアを閉めてしまう、というようなものではありません。そうではないのです。意識はあくまでも肉体を管理しながら、霊界で活動し、ふたたび肉体と結びつく必要が起こったときには、その瞬間に、肉体へ戻ってくるのです。

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 160. (憑依というのはあくまでもその人自身の問題です)

 それでは人が憑依される場合、憑依する霊は、憑依される人の霊から許しを得ているということですか。

 そうではありません。憑依された人は憑依される条件を自分で作り出しているということなのです。憑依というのはあくまでもその人自身の問題です。例えば、あなた方が愛と奉仕の強い希望をもてば、そのあなた方を助けようとする高級霊を引き寄せます。憑依もそれと同じ法則が働くのです。この法則は、いいことばかりに働くのではなく、反対に悪いことにも働きます。最大の奉仕に対して働くすべての法則は、悪用される場合もありえます。人はどこまでも高く上ることができますが、それと同じく、どこまでも低く堕ちていくこともできるものだからです。つまり、同じ程度に、高く上ることもできるし低く堕ちることもできます。そこに働くのは同じ法則です。そのような法則に対してどのような道を選ぶか、それはあなた方自身の問題です。